ニライカナイ物語


ニライカナイとは
・・・
沖縄の言葉(ウチナーグチ)で海の向こうの何か・・・とか神々が住む島、楽園。。。
少数派ですが”未来”という意味があります。神様、御先祖様が海の彼方から我々に恵みをもたらして下さるという言い伝えがあります。



お店の名前をニライカナイにした訳・・・
10年前位に。。。横浜の元町で手作りのジュエリーを露店でのんびり売っているステキな女性から、”ニライカナイ”って意味を調べてほしいと頼まれ、当時沖縄に住んでいた私は沖縄の友人に聞きまくりました。それで、いろんなニュアンスがあるニライカナイをどんどん好きになり、彼女がいつかお店をやる時の名前にしたいというニライカナイを1・2年後に頼み込んで御本人が”お店をやらないかも・・・”と了承してくださったので、名前だけ先にKeepさせてもらいました。本当にその女性には感謝の気持ちでいっぱいです。当時、那覇の国際通りか横浜中華街か場所さえも何にも決まっていませんでした。
不思議なニライカナイの意味・・・
もうひとつ、この名前にしたいと思った不思議な出来事が自分の中で起こりました。ある時、ふと体の全細胞から湧き上がってきた言葉がありました。”みらいかなう(未来叶う)”という言葉です。ニライカナイを漠然と頭に浮かべていたら、フッとと現れた感じです。これは、すごい言葉の意味が隠されていると感動しました。沖縄の人(ウチナンチュ)に聞くとそういう意味はないと言いますが、夢はあきらめないかぎり、必ず叶います。どんなに遠回りしても、無駄な事なんて全くありません。その時その時を、真剣に一生懸命生きていれば、流れは必ずやってきます。神様がいるのなら我々に恵みをいろんな意味でもたらしてくれるでしょう。。。ニライカナイは意訳すると”みらいかなう”があるような気がします。(ただ、毎日を感謝して今を大切に、自然の流れを受け入れて生きていくというのもスゴイ生き方と思います。そういう人は毎日恵みを実感できているんでしょうね。)

9年後、私達の店名が、どうして『ニライカナイ』という言葉になったのかが、またフッと感じた瞬間がありました。そういうことだったのかぁ・・・と本当の理由がわかった瞬間、たまらない感情が涙として込み上げてきました。本当の意味が9年もかかったなんて(笑)魂が震えて涙が出てきてしまう感じだったと思います。でも、その内容は秘密にしておきます。どうやら、未来のニライカナイの真のお仕事でした。これから、これから・・・目指していたことの先に、ニライカナイの本当の意味があるようです。


夢を、やりたいことを見つけさせてくれた本・・・
「毎日が冒険」(サンクチュアリ出版)という本をたまたま読んだ。私がまだ若かった時に軽快ながらガツーンときた本。。。私は何がやりたくて頑張って生きているんだろう。。。それを投げかけてくれた。9年前から足ツボの仕事もしていたので、この大好きな足ツボと大好きなヒーリンググッズと大好きなエスニックグッズを融合した店をやりたいと漠然と思ってました。資金もなければ、何も決まっていないのに、何の根拠もないのに、皆にしゃべりはじめていました。でもニライカナイの言葉も譲っていただいた1・2年後に、100人ぐらいの人にコピーですが、そんな店を作りたいと、ささやかな夢から逃げれないように手紙を出しました。上記の内容を小学生レベルの文章で読み直すこともなくガァーと一気に出しちゃいました。とにかく、この本はニライカナイでも感謝の気持ちをこめて(たまに)売ってます(笑)自分もやってしまおうかな?!と思わせてくれる、勇気がでる本で、オススメです。


自然に流れはゆっくり&急激にやってきた・・・
お店を作る前の自分を振り返ると、沖縄で離婚して、どうしていこうか、何にもわからなくなっていました。実家を飛び出して鹿児島、沖縄とどんどん南に流れていたので、本当は沖縄にずっと暮らしていきたかったです。でも結局、元夫は沖縄、私は横浜で生きていこうと戻ってきました。その頃、無理した精神状態の自分に気づく余裕もないまま、だらだらと中華街で1・2年バイトしながら求人誌をめくりつつ、本業を彷徨っていました。手紙を100通出す2ヶ月前から、また足ツボの仕事に戻っていました。。。とにかく、楽しくてしょうがない。3・4000人やっても全くあきない。いつか足ツボのお店がやっぱりやりたい。オーナーには、すごくお世話になっていました。自分の夢は入った頃から伝えてはいましたが、お世話になればなるほど仕事が楽しくて、店でオープンからのスッタフとして頑張れば頑張るほど、夢はかなえられないのかな・・・とも思っていた。それでもよかった気もしました。ところが同期のスッタフがやめる事になり、それからいつの間にか、私も辞めることになってしまい、まるで、時期が来たと意識もしなかったのに、イメージもすることもなかったのに・・・不思議なことに辞める方向にどんどん流れがやって・・・矛盾してますが、そのお店で、ずっと働きたいとも思っていたので、どうしてこうなったかは今もって不明です。が、まじめに生きていれば夢はやってくることもあると思うのです。海の彼方からの恵みは、いろんな形でやってくるようです。”毎日が冒険”の著者の高橋歩くんの言葉で「夢は逃げない。逃げるのは自分だ。」という突進タイプと、心の片隅に少しだけ意識を残していたら、なぜだか道が途中まで開かれたというタイプもある。ただし、後者の方でも、一瞬一瞬を人のため自分のために動く。道が近づいてきたらタイミングを逃さず、一気に前を進む。そこからは渉くんと同じ・・・そこから逃げるのは自分。
私も逃げたことはたくさんあります。そういう人もたくさん見てきました。でも、それは本当の夢だったのでしょうか?死ぬまで答えはわからないかもしれませんが・・・きっとあきらめたと思っても人生や夢はまた始まるように思います。


どんな事が起きても夢を叶えたいですか?
ただし、”それでも、あなたはやりますか?”と何度も乗り越えなければいけない壁はありました。今も次の課題が来ます、来ます(笑)。その度に試されています。店をやると決めた後は試される事をハ−ドルと思い、飛び越えないかぎりゴールはないと走りました。走れないで泣いた日々もあります。ストーリーは1人1人、平等にあるはずです。けっこう、振り返ると強くなって、過去の教訓が人生が自信となり、当時は辛かったことも、おもしろかったと思えるようになっています。公のホームページでは伝えられない裏話が多いニライカナイですが、とにかく今となっては笑い話になることでも当時はぶちきれる寸前のことや、凄すぎる内容で・・・ニライカナイという言葉を背負う意味の重さに押し潰されそうな経験を繰り返し学んできました。
きっと、反復しないと、覚えの悪い私には自然に身につかなっかたのだた思います。

店でも何でも出来上がる過程が一番楽しいですよね。今もそんな日々ですが、慣れてきました。ホント、やっとです。


期限を決めれば、あとは走るのみ!
以前の仕事をやめてから25日目でオープンしました。極限の金欠!自転車操業で売り上げたら次なにか支払う!買う!の連続。何もなくても始めちゃったという感じ。2001年4月25日、大安だったということでゴールデンウィーク前に始めないと次の家賃が支払えない!2階建ての一軒家なので外装もやらないと。。。足場たてた翌日、内装屋の友人ミッキー(M氏)は花見でベロベロに酔って足の甲、骨折!なんでスタートから、こうなるの!という状況。お隣のお店にも足場をはずす期限を1週間頼み込んで延ばしてもらい、M氏は骨折3日目にギブスを取って足場に上がってなんとかオープン。ちなみにM氏の足はそれでも完治しました。とにかく集中してました。寝てなかったし、イメージを膨らましていると眠れなかった。金もなく何を食べていたんだろう。。。

7年後、泥棒に入られ、立ち退きもあるという契約の元の物件だったため、思い切って近所に引っ越しました。移転先の内外装が三角形の物件だったこともあり、あまりにもレイアウトが難しく、制作に6ヶ月もかかりましたが、最初の店は、かなり小さかったので、今から思うと、レイアウトも簡単でした。移転の時も、心身ともにボロボロで寝不足の6ヶ月でしたが、オープン時も初めて人を雇うという責任や使命感がのしかかる分、何が何でも成り立たせないと、という求人きてしまったから、どうにもこうにもやらないと精神でしたね(笑)

いよいよOPEN!
初日は最悪の雨。ヒマ、ひま、暇・・・どうしよう。。。スタッフもかわいそうなくらい・・・近くのバー(GREAT HARRY)の沖縄100%のマスターが第1号のお客様・・・あとが続かない。
ゴールデンウィークまでに何とかしないと・・・ゴールデンウィークの前日、M氏が作ってくれた看板に昼買ってきたペンキを閉店後塗り、明日からお客様が来ますように・・・夜中の3時に塗り終わる。字の汚さなんてもう無視!人の目に留まってくれれば・・・今となっては恥ずかしい看板なのですが、その時はうれしくて疲れて眠くて道路に出しっぱなしのまんま帰ってしまった。翌日の昼に2階の窓の上が寂しいということで古時計をかけました。母の実家が阪神大震災で全壊した時、いとこから持って帰ってほしいと5・60年前の古い掛け時計を叔父と叔母の形見として何年か前に譲り受けました。(今となっては祖母の形見でもあります。)これを掛ければきっと守ってくれるとスタッフと神頼み・・・翌日からGWということもあって混みました。ほとんどうちの2階は拝むものと1部のスタッフとは込むたびに手を合わせ感謝。不思議なくらい守られていると感じないわけにはいかない事ばかりが続きました。




あれから早9年が経ちました。旧店舗の面影は、移転後、ところどころ残っていますが、小さいのに存在感があったなぁ〜と、今も昔のお店のパワフルさを感じています。私一人じゃできていない・・・すべてのエネルギーが合わさった結果の何かがありました。

移転後の現在のお店は、1階と2階のコンセプトもまったく違い、あの頃できなかった内容が、少しづつ始まり、新たな使命のための基盤作りをしています。毎日がたのしく、充実した仕事の時間・・・仕事が好き!ってなかなか言えない方もいる中で、幸せな時間と空間があるっていうのは、有り難く素晴らしいことです。振り返れば、また移転して良かったと言い切れる空間と質にできるよう、今があると信じています。ありがとうございます。