知恵の日記『叡智やまぬ』

2005/10/2(日)     『5ヶ月間、このページを開いて下さった方々へ・・・』

やっと5ヶ月ぶりにHPを書ける気持ちになれましたので、再開したいと思います。その間、何度も開いて下さった方、本当にすみませんでした。ニライカナイの忙しい夏も終わり、秋を感じる季節になりました。やっと楽な気持ちでパソコンに迎えるようになれました。この5ヶ月間で沖縄のアガリイリの閉店、母の死、外装工事の突然の中止がダダダダッ
と続いて・・・書くことは山のようにありましたが、最近、島根の出雲大社と納骨以来のお墓参りに行ってきて、さらに、なんくるないさぁ〜(なんとかなるさぁ〜)という気持ちで、忙しい毎日を送っています。初めてのお盆も、お彼岸も、お店が忙しく、抜けれず、母ならわかってくれてるはずと、亡くなった人とはいえ、お墓が島根ということもあり、寂しい想いをさせてしまい、先週、連休明けに行ってきました。日本中が神無月となる10月に行けば良かったのですが(出雲地方は神有月と言って、日本全国の神様が集合されるので、出雲大社はとても賑やかになり、調整すれば良かったのですが・・・)やはり、母とご先祖様に、今の気持ちを伝えたく、お墓を掃除したら、心もスッキリするのがわかっていたので、無意識に急ぎました。出雲大社でのおみくじは、今回の旅のテーマのままの内容で、『神様と御先祖様に感謝していれば繁栄する』というシンプルなものでした。お墓が遠い分、気軽に行けない分、感じることが、毎回、味わい深くなりそうです。
HPも更新したくなりました。母が亡くなった当時、お客様から、励ましのお言葉やお花等、本当にありがとうございました。人の優しさが痛いくらいしみてくる日々でした。そしてオープン当初から今までのスタッフの協力のお陰で、母を最後まで介護することができました。本当にありがとうございました。

2005/10/2(日)    『家族で看取るということ・・・』

母が5/31(火)、明け方の4:50に家族が見守る中、静かに息を引き取りました。父、兄、私が見守る中、とても幸せな形で逝くことができ、家族全員が幸せだったと思います。私が沖縄に飛んだ夜に、母は救急車で意識が朦朧とする中、病院に運ばれたようです。その日は、沖縄の北谷の姉妹店だったアガリイリ閉店となる最終日の夜で、兄から連絡が入り、入院が3回目とはいえ、沖縄に行く判断が遅すぎたのか・・・と。でも、きっとアガリイリを融合することが、今のニライカナイには必要なんだと母が言っているような気がします。母が逝ってから、暫くして、右の耳元近くに、母がいるような気がしました。以前、お母様を白血病で亡くされた手当療法士の周平さんが、『いつも母親が暫く近くにいてくれた。』と話して下さいましたが、今はその意味が感覚でよくわかります。生きている時よりも、とても近くで守ってくれています。



きっと親の『死』というものは、すごく悲しいものだと想像していました。でも、最後の10日間は夜中もずっと寝泊りして介護をしていたので、既に癌になってから10数年経っている人でしたから、とっても穏やかな、やれやれ・・・という安堵感に包まれた顔つきで、全く気持ちではガンにビビることもなく、笑顔いっぱいの母でしたから、なぜか達成感みたいな不思議な感覚があったので我々家族も最小限の悲しみで済んだように思え、最後の最後まで母の大きな愛に包まれながら、死を迎える事ができました。毎晩、家族の中で自分一人だけ、病院に泊まると、母の呼吸が乱れ、心臓が破裂しそうなくらい緊張する事もありましたが、翌朝、父や兄が見舞いに来ると、母がいつ逝っても、これでまた私の夜中の役目は終わったと仮眠するのでした。ほぼ、夜中は睡魔との戦いでしたが、母の方が辛そうな息をしていたので、何とか乗り切る事ができ、初めて父と兄が夜に駆けつけて、病院に泊り込む覚悟をしてくれた夜中、突如、ガタガタと歯がなる音がして、ウトウトとしていた我々を母が起こしてくれたかと思うと、また苦しそうな呼吸に戻り、その20分後に呼吸がゆっくりと時間が止まるように停止しました。家族がじっと見守る中の母の最後でした。きっと看病している側からすれば、最高の送り出しができるようにと母がセッティングしてくれたと感じます。

2005/5/2(月)    『沖縄の北谷のアガリイリが移転してきます』

ニライカナイに沖縄の姉妹店のアガリイリが横浜中華街に移ってきます!すごく沖縄のスタッフを可愛がって下さった沖縄の地元の皆様、旅行で何度も足を運んで下さったお客様には、申し訳ない気持ちでいっぱいなんですが、横浜で介護しなくてはいけない母をこれ以上、年老いた父一人に任せておくわけにはいかなくなり、やもなく、中華街のニライカナイと沖縄のアガリイリを合体する事になりまいた。沖縄のアガリイリに来て下さった方々、今まで可愛がって下さってありがとうございました。遠くなってはしまいますが、沖縄スタッフは中華街に戻って頑張りますので、もし関東にいらっしゃることがありましたら、ぜひ遊びにいらして下さい!アガリイリの内外装に使っていた材木やランプやイスはニライカナイで愛用していきます。私達も愛する沖縄を離れるのが辛いのですが、弱っていく家族が優先する事に決心しました。本当に身勝手ではありますがお許しください。いっぱいの方々から、いっぱいの愛を、いっぱい分けて頂いた15ヶ月でした。

本当にたくさんの暖かい笑顔をありがとうございました!

                      アガリイリ&ニライカナイ スタッフ一同




2005/1/22(土)    『手当療法

昨年いらした女性のお客様達が『イギリスで留学中、ニライカナイさんのホームページをたまに読んでは、励まされていたんですよ!』と言って下さって、私達のほうが励まされた事がありました。その頃、全く更新していなかったので、『なるべく早目に更新します!』とお約束したにも拘わらず、去年は、担当者の親が入院となり、看病疲れで、あっという間に年を越してしまいました。今年は、こんな薄情な日記でも楽しみにして下さっている方々のためにも、この数ヶ月いろんな事がありましたので、ちょっとづつ、出来事を書いていきたいと思っています。(入院騒動のちょっと前から、イヤ、ずっと前から繋がっていた出来事なんですがネ・・・)

9〜10月は、慣れない事務があって走り回っていました。お隣の中華惣菜屋の美心(マシム)さんのお兄さんがオーストラリアに留学に行ってしまうということで、お別れに飲むことになりました。残りのスタッフは薄情なもんで、なぜか店で一番古い私が代表で付き合う事になったのです。こちらの時間に合わせてもらったてまえ、お兄さんの家の近くの飲み屋に行く事になりました。ちょうどその時、この辺りで1度だけ行ったことのあるBARを思い出しました。もともと今、沖縄の姉妹店アガリイリにいるスタッフのS野が行ってたLAZY BONES(怠け者という意味)という名前のこのBARで、働き者のマスター伊藤周平さんという方はたまに昼間、ニライカナイでS野に足つぼをやって下さったり、夜は彼女が飲みに行くと手当療法をしてくれていました。そのマスター周平さんをS野が私に紹介してくれたのは2003年の夏でした。


2002年末頃から入院していた私の母は、乳ガンから十数か所転移していて、胸がガンでとけてしまい広範囲に出血していました。(乳ガンで皮膚まで浸潤し肉が剥き出しになっていてお医者様からは、『そのうち骨が見えてきますよ』と言われていました)食事療法や私なりのオーラブラッシング等で効果があったかわかりませんが何でもやってきました。やっと1年ぶりに何とか皮膚がふさがり、ホッとした矢先に、私の手のひらが荒れ出し、施術が出来ない程のひどさでした。邪気を吸ってしまい体内から出し切っていなかったのが一気に手から噴出した感じで・・・見かねたS野が、ヒーラーでもある修平さんのBARへ連れて行ってくれました。

満月のようにつるっとした真ん丸のお顔の周平さんは、無言で手をかざしてくれました。母の病状にも話がおよび、勝手に1回で治ると思ってしまった私は、当分手荒れが変わらずで、『また飲みに来ます!』と帰り際、言ったわりに、そのままになっていました。ニライカナイから私の家とは、逆方向のBARだったので、延ばし延ばしにしていたら1年半が過ぎていました。

そのBARを思い出して行くことにしました。この日もお名刺を頂いたのですが・・・お名刺には手当療法による整体と癒しと書いてあり私はまだBARの名刺は見たことがありません(笑)        


2005/1/1(土)    『明けましておめでとうございます!!』

皆さん!お元気でいらしゃいますか?昨年は異常気象や戦争やテロが続き、世界中で家を失った方が多く、自分としては少しでも働いて募金でもできればと年末年始も開けていましたが大晦日の雪で中華街も静かでした。お正月も生きる事でやっと・・・というギリギリ生活の方には逆にこの日記の声は今届かないかもしれません。でも、この久々の日記を読んで下さっている方はきっとパソコンをお持ちの方も多いでしょうから、今年はそれぞれの役割をしっかり働いて、世界やお隣の町で生活がままならない方々に何か役に立つことを意識して生きていけたらいいですよね。役に立つと思ってダメな事も時にはあるでしょう。でも、次の人はとても必要だったかもしれない・・・そう思って体感し学ばせていただきながら前に進んで行きたい年にしていけたらいいですね。 どんな試練が待っているかわかりません。一歩一歩かもしれませんが不器用でもいいから皆で協力し合える助け合いの年になるといいですね。穏やかで平和な年に・・・

新潟をはじめ募金活動を地道ではありますが店内でやってきました。オープンからずっとやってきた募金箱を今回初めて国外に使っていただこうと思いスマトラ沖地震の被災された世界中の方に微力ではありますが送る事にしました。今月中、ぜひご来店の方はスタッフに声を掛けて頂けたらユニセフの募金箱がありますので、ご協力宜しくお願いします!責任を持ってユニセフへ振り込ませて頂きます。

個人的ではありますが、食事療法をしていた末期ガンの母が、昨年から玄米やモズク、ひじきに飽きてしまい体が受付けず、少し元の食事に戻ってしまいました。一緒に暮らしていないのもあり、とうとう膀胱と輸尿管の辺りに転移し、浸潤が始まり、秋には水腎症(尿の出が悪く腎臓が肥大化してしまう病気)になってしまいました。あんなに胸の浸潤がきれいに皮膚がふさがったのに残念ですが、吐き気がするほど食べられないという事で,私も食事療法はあきらめていました。ただ私には水腎症のことは母は隠していました。昨年の10月末から一気に食事ができず、10日間水分もほとんど取れず、歩行も困難になり・・・意識を失い顔面を強打し、11月3日に救急車で運ばれて緊急入院になしました。

今年も色々な出来事があると思いますが、正直に感じて生きていけたらと思っています。今年も
気長に宜しくお願いします。
2004/9/6(月)    『壁画を描いてみました!』

皆さん!本当にお久しぶりです!夏休みもオリンピックも終わり、やっとHP更新できる日を迎えました。毎日忙しかったんですが、それでも日夜、日本選手を応援し続け、体育会系の私としましては感動の夏休みでした。
そんな夏休みでしたが、台風も多くて、各地で被害に遭われた方も多かったのでは・・・1年位前からいらしてた常連様でI尾さんという方が、早目の夏休みをとられてその頃、被害の遭った新潟の三条市にボランティアで3泊4日行って来られました。たまたまスタッフで新潟出身の子がいたので、行き方を聞いて我々もI尾さんの行動力に感化され、寄付金を持って行ってもらうことにしました。帰られて、すぐボロボロになった体を癒しにいらしゃいました。国のお勤めから帰られたって感じで『おかえりなさい!お勤め、ご苦労様でした。』『お疲れ様です!どうでしたか?』・・・状況は、相当厳しいかったようで、毎日違う内容だったみたいで、初日は被害に遭われた家の床下の泥を一日中とる作業を・・・二日目は阪神大震災で余った(全国から送られた)ぞうきんをある村に1軒づつ配る作業だったそうです。配るさきざきで、深々と皆さんがお礼を言われるそうです。ご本人は、ただ配っているだけなのに・・・とイタッテ謙虚なんですが、一日中『ありがとう』と言われっぱなしだったそうです。ありがとうのシャワーを受まくりのI尾さんは、なんか輝いていました。
行っていない我々にも感動を与え、『夏休みやることないから行ってきた。』と言い続け、ほんとメッセンジャーよりジッセンジャーが目の前にいると、平凡な我々も感化され、些細なことでも他の人間の意識が上がり、ジッセンジャーになっちゃうんですよ。これってスゴイ飛び火ですよね。I尾さんの行動に巻き込むパワーが・・・夏の初めにオリンピックと同じ位、感動した話です。

今年は猛暑で熱中症になった方も多いのでは・・・8月の中旬に店の2階の壁が剥がれてしまっていたので、修理のついでに、壁画をスタッフのチチが熱中症になりながら描いてくれました。太陽と月、手と足、虹を描きたかったのですが、時間とスペースがなく、すごく省略して上の写真になりました。でも道路沿いではなく側面なので、ほとんどの人が気づいていないようです。私も地味な虹をお手伝い・・・後でウチナーグチの本を読んで納得してしまったんですが、太陽は沖縄(ウチナーグチ)では『ティーダ』と言います。『ティー』は手という意味があります。手も描けなかったんですが、言葉でティーダの中に含まれているし、月は『チチ』というのですが、手掛けた人がチチだから省略したんだなと(笑)。チチと出会ってから、私に手書きのバースデイカードをいつも送ってくれるんです。スゴクあったかい気持ちになれる絵なので、ぜひ目に留まった方々にも暖かいものが伝われば、私達もハッピーです。自己満足の私達ですが、アーチストデビューのチチありがとう!&お疲れ様でした!

2004/6/11(金)    『また足ツボの話じゃないんです(笑)』

梅雨に入り、ニライカナイもゆったりとしています。今日は特に西は台風らしく中華街ものんびりです。けっこうマッタリした事を書くことも最近なかったですが、のんびりもいいですね。。。
でも世の中が、すべて穏やかで平和じゃない・・・平和じゃない事で平和という言葉を痛感する状態から、なかなか抜け出さないでいる人達が多いのも現実です。

沖縄の斎場御嶽(セーファウタキ)に行った時、神聖な空気を強く感じ、こういう空気を感じたら、命やモノを奪い合うという行為は想像できないんですよ。なぜ地球で、そういう事が起きているのか・・・宇宙から見た地球って、うっとりするくらい綺麗な星なんですよ。実際に宇宙飛行士じゃないので見たことないですが、写真でさえ、うっとりします。その星がすべて穏やかで平和ってわけじゃない・・・まぁニライカナイでも、お互いの考え方の違いや、仕事上のこだわりや楽しむ感覚の差で、どちらかが譲ったり折れなければならない時もあります。でもできるだけ楽しくハッピーな空気でいたいじゃないですか?

ニライカナイは外観がボロボロです。OPENしてから、ずっと雨漏りもします。いろいろあったりもします。でも結局、楽しいんですよ。イヤな事も振り返れば、感謝なんですよ。悲しい事、虚しい事もたまにはありますが、振り返ると、乗り越えてたり、大笑いしてること多いです。

以前は、『夢は叶えるもの』と思っていました。でも今は、守られているとか、自然と導かれているような気がしているほうが、アレヨアレヨと出来ちゃってます。
そう感じている時のほうがおごりもなく、感謝、感動がいっぱいです。まぁ、調子に乗りやすいタイプなので、まだまだですが、最近は、ひとつひとつを大切に。そうすると幸せなんですよ。
2004/5/21(金)    『ありがとう。』

パソコンがまた調子悪くて更新できませんでしたが、皆様お元気ですか?

いきなりですが、家族なんですよ私達は・・・出会ったスタッフの仲間達、友達、常連様、ご近所の方々・・・皆、家族なんですよ。本当の家族って何?家族と思っちゃったら、血なんか関係ないし、ほんとお互い助け合い、頼り合っていけたら・・・と・・・それがニライカナイとアガリイリがやりたい本当の1つなんじゃないでしょうか?いろんな考え、こだわり等あるとは思います。でも、それで境界線引く必要ないし、それじゃあ同じ人間なのに、いろんな理由を並べて、国境つくって憎しみ合ったり傷つけ合ってるのと変わらない・・・意見が違っても助け合う・・・毎日会えても会えなくても家族なんですよ。

越える山は、本人が越える事ができるはずだから、何度もやってきます。何度も何度も・・・落ち込んだとしても、もっと苦労してる人は、いっぱいいます。もっと前向きに生きてる人、いっぱいいます。大泣きしても、笑って生きてる人いっぱいいます。そういう人を見てると逆に励まされます。

皆メッセ−ジを投げかけたり、受け取ったりできると『ありがとう』が自然に出てきます。我々の仕事は、足ツボをやると、『ありがとう』が返ってきます。『ありがとう』には「○○をやって下さってありがとう」とか「ありがとうを言うチャンスを与えて下さってありがとう」とかもう『ありがとう』っていっぱい登場しますよね・・・これはもういっぱい登場した方が体にいいです。言う側も言われる側もいっぱい出没していいんです。言えないと体がおかしくなるようです。体が震えたり冷えたり、人にもよるでしょうが『ありがとう』が登場できないと細胞が歪んだり、きっとガンにもなってしまうのでしょう・・・受け取る準備がない人にも気にせず言っていいんですよ。伝わらないこともあるかも・・・でも惜しみなく言いたいですよね・・・心も体もスッキリします。『ありがとう』は体にも全てにスゴイPOWERを秘めています。


2004/4/13(火)    『沖縄に戻れるようになりました!』

今、アガリイリのホームページを、飲み仲間でもあるお客様のH田さんに(エッチ田?)かなりご協力頂いて、急ピッチで作りました!神様仏様H田様、お忙しい中、本当にありがとうございました!中身が空っぽではありますが、もう少しで出来上がりそうです。のんびり、ちょっとづつ作りますので暖かい目で見守ってください。のぞくと『ほとんどニライカナイをコピーしただけじゃないか!』と、お思いになられるでしょうが、パソコン音痴が作っているのでお許し下さい。2月から、ほとんどイスか床で寝てのアガリイリ準備でヘトヘトですが、売上ゼロなんかもけっこうあるお店で(笑)、平日、店の外に人が歩いているだけで、驚いたり焦ったりの人生サバイバル的な毎日をスタッフのS野とA山は送っております。この話はアガリイリの日記でもご紹介することになるでしょう!これからアガリイリの良さが多くの皆様に伝わればと思っています。

アガリイリ物語はまだなんですが、最初から3年後と決まっていたように思えます。それもアガリのHPで・・・ニライカナイのお客様や隣の美心(マシム)さんのお兄さんが『今年は沖縄に行く!一緒に行きましょう!』と行く気満々で、また楽しい交流が出来そうでたのしみです!もちろんスタンプカードも使えますし北谷町価格でやってます。ぜひ遊びにいらしてください。電話予約されて間違えてお隣のタイ式足つぼのピッタピッタさんに入ってしまうお客様もいらっしゃったのですが、それもアリです(笑)お隣さんにはかなりお世話になっていますので、無意識にお返ししている事になってるんでしょうかね。

斎場御嶽(セーファウタキ)
の話は、一番日記に書きたかった時には書けずで、残りは封印しま〜す。でもとても神聖な場所で沖縄に戻るからには、気持ちを引き締めてご挨拶・・・という空間でした。残念ですが、テンションがもう落ち着いてしまったので、ご自分でぜひ足を運んで感じてみてください。

2004/4/1(木)    『斎場御嶽(セーファウタキ)』
                       
願いは叶う(再会編)その4

お久しぶりです!1月にHPを更新したかったのですがパソコンの調子が悪く、パソコンが言う事を聞かない間にナント沖縄の北谷にある、ハンビフリーゾーン2の中にアガリイリ(東と西という意味で地平線から陽は上がり陽は入るという言葉)という名前の足つぼ屋をオープンすることになりました(笑)前回、登場したT須君の一声からお店が出来る事に・・・

沖縄、北谷の足つぼ屋さんのT須君とK子さんが、去年に10月後半にニライカナイに来て下さって、今度は我々の足つぼをパクッてもらうことに・・・うちの店は同業者のお客様も多いのですが、さすがに沖縄は遠いですよね(笑)。沖縄に行ったK北と中国式足つぼの施術をしながら、話は盛り上がって・・・何気なく、T須君が『ホントは沖縄でお店やりたかったって言ってたよね・・・丁度、隣の店が閉めたからやらない?』と同業者としては、かなりデッカイ人間です、T須君は・・・!!もうビックリする前に、口から『エッ?やりたぁ〜い!!・・・エッ?でもいいの?いやじゃない?』『イヤじゃないよ!一緒に沖縄盛り上げようぜ!絶対うまくいくヨ!』と発想が貧困な我々を感動させるお言葉・・・っていうことで即決しちゃいました(笑)!まぁ、今日はエイプリル・フールなので嘘かもよーん!ですが・・・
で12月に斎場御嶽にご挨拶しに・・・元スタッフのA山が沖縄の大学に行ってしまったのですが、就職を迷っていたので、『もう1度、一緒にやりたい!』とだけ伝えて考えてもらうことに・・・A山も一緒に御嶽へ・・・斎場はいくつかに別れているのですがジャングルみたいな所から女性が一人、降りてきたので我々も茂みの中に入っていくことに・・・1時間は入ってなかったですがA山のパンツは雑草だらけになり、ずっと獣道が続いていました。誰もその人以外、全く人には出会わなかったのです。
獣道が何とかある道を進んで行きました。見た事もない美しい蝶々や1枚の葉にビッシリのピカピカの虫たちがいっぱいのジャングルみたいな空間が広がっていました。どこまで進んでいいかわからず、迷うとOリングで、次の方向を決め・・・これ以上は進まなくていい・・・と出た所の前には『火の神』『女神』と彫られた小さな石碑がありました。後からA山が友人に聞くと、普通の人は、そこまで奥地に入らないそうです(笑)ハブも出るとの噂も・・・その後元の道に戻り、メインの拝所である三庫理(サングーイ)に・・・二枚岩のトンネルをくぐると東(アガリ)に神の島、久高島が遥拝できるんですが、A山と『ウオォー!スゴイ!』しか言葉が出ないんです。とにかく空気が違うんです。神聖な空間でした。とにかく合掌してしまう空間なんです


2004/1/10(土)   『斎場御嶽(セーファウタキ)』願いは叶う(再会編)その3

ニライカナイは、『2店舗目やりませんか?』とお声を掛けられるたびに、何度も、必ずお話が流れていました。別にそれでいいニライカナイがいつもありました。でもお話が流れる度に、途中から気づいてもいたんでしょうけど、守られているって気がして・・・去年の10月からでしょうか・・・?とっても沖縄が呼んでくれている現象続きです。10月に沖縄へスタッフと行ってきた頃から、なんか、それこそ偶然の一致ってことが続くんです。全部、沖縄関連・・・

特に世界遺産にもなった斎場御嶽(セーファウタキ)&久高島(神が降りて来たと言われる島で、今もユタ達の修業の島となっている)関連でしたね・・・毎日、何回もその話や文字が目に入ってきて・・・10月だったと思うんですが、強烈だったのが、必ず沖縄へ行ったら、真っ先に斎場御嶽(昔、神が久高島に降りてきて男と女を創造し、久高島から沖縄本島の最南端である知念半島に渡ったとされているその聖地)へ行くという女性がHPを見て『この名前の足つぼ屋しかない!』といらして下さり、ずっと斎場御嶽&久高島の話をされるんです。。そのお客様は、私にその話をする為だけにいらした方だと、今も強く感じます。で、その夜、近くの仲良しロックウェルズというBARに行って、その話をしたら元スタッフが久高島に行ってきたら2・3ヶ月社会復帰できず、現代社会に馴染めなくなってしまったとか・・・なもんで、『一人で行ってくる!』という私の意見は、マスターのN野君に『久高島に行ったら帰ってこなくなるタイプだから、お店のスタッフに迷惑をかけるからダメですよ!』と止められ・・・とにかく何処へ行ってもその話だらけなので、セイファーウタキが、私の頭の中でグルグル回ってる状態が当分続きました。とにかく、今行きたい!呼ばれてる!

休みが取れるだろうか?実状は新人スタッフを見つけないと・・・ニライカナイ式足ツボをマスターしてもらわないと沖縄には行けない・・・求人を何回出しても、なかなか人が決まらずイライラ・・・妥協もできず、求人広告費がかさむ(笑)。結局、10/13(月)の『ニライカナイ・・・願いは叶う』(再会編その2)に登場してきた足つぼ師、沖縄、北谷(ちゃたん)で『ピッタピッタ』というタイ式の足つぼ屋さん(かなりニライカナイっぽい店)をやってるT須君と彼女のK子さんが、お土産もって、ニライカナイを尋ねて来て下さった所から大きく流れが変わってきました。
                                                  


  暗闇に光が降りて来た・・・

  セーファウタキに倒れていた神秘的な木


                 次回につづく。。。

                               大好きなバオバブの木です!!
2004/1/01(木)    『スミマセン!本当は1/7(水)に書きました!』

明けましておめでとうございます!去年お越し頂いた皆様、本当にありがとうがざいました!今年もニライカナイらしくステップアップしていきますので、宜しくお願い致します!次かその次の、このページで皆様に、ご報告したい事がありますので、じらしますが・・・またこの日記(月記)を開けてみて下さい。今年もいろんな事が盛りだくさんで、楽しみたいと思っています。

価格表示が、初めてご来店されるお客様にわかりやすくしてみました。今まで長めにやっていたのを表示してみました。看板やチラシは徐々に変更していきます。


母も去年の今頃に比べたら、お陰様で元気になってきているようで・・・ありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。ぜひ告知された方、大笑いして下さい!母はそうして、いっぱい他の事を努力しました。どんな結果でも、こんな私が言うのは何ですが、ベストを尽くすって、スッキリしますよ。やるだけの事をやるって・・・

今年はどんな遠くにいる人とも繋がる!絆みたいなものがテーマです。あ、ずっと大切に心の片隅にテーマにしていたことですが・・・離れていても仲間は仲間!会えなくても繋がれる!会う前から繋がってる!不思議な現象が、また楽しみです。

2003/12/07(日)    『生きる』

元スタッフにこれから出産する人、かわいい赤ちゃんが産まれた人がいます。!ホント嬉しかったです!皆で大喜びしましたヨ。おめでとう!早すぎる感覚ですが、孫ができた気分です。親になると人は変わるんだな!生命の誕生ってきっとスゴイことなんでしょうね。

田口ランディのある本で、子供が『なぜ人は人を殺してはいけないの?』とあるTV討論会で、立派な大人達に疑問を投げかけた・・・それを家で見ていた彼女の子供のいる友人が、その問いから始まって『なぜ政治家達は戦争をしたがるのか?』という解答に『子供を産めば分かる!』と、ものすごい迫力で語っていた。戦争をするのは決まって男だ!(女性も僅かにいますが・・・)男性は子供を産まないから、その行為をしてしまうと・・・私は心のある男性もいると思うので、その極論を100%肯定しないけれども、妙に納得してしまいました。生命の誕生はいろんな事を教えてくれます。

最近『童神(わらびがみ)』って夏川りみが歌ってる曲が妊婦さんの胎教として流行っているらしいです。このニライカナイがオープンした頃、若い新人に、店の理念っていうか、ありがとうの意味っていうか・・・未だに伝えることが不器用で出来ないんですが、実感するってことをもっともっと体験してほしいと願う時、本家本元の古謝美佐子の『童神(うちなーぐち)』が、どこからともなく流れて来るんですよね。この歌がそういう壁にぶつかった時に、いつも流れて来るんです。支えてくれるというか、今は伝わらなくても、いつかこの気持ち伝わるから・・・繋がるから・・・厳しい事も辛い事も、乗り越えられるから、やってくるんだと・・・実感できる日が来るから、根底はこの歌が理念でもあります。母が子を想う気持ちには、叶わないかもしれないですが、大切に」している想いです。。。

母の事で、お医者様から余命を宣告された時、一人で宣告を聞かされたんですけれども、帰り道、ずっと下半身の震えが止まらず、石川町駅の階段が降りれず、ワンワン泣いてました。それからというもの初めて親に対して、本気になれたように思います。母はきっと私を産んでくれた時から本気だったんだと、今初めて実感しています。遅すぎ!ですが・・・

いつも思うんですよ・・・何かが叶った時、生きてればいい事ある!と・・・自分が切り開いた道かもしれないですが、今まで出会えた人、偶然に起きた出来事、たまたま出合った言葉・・・がきっかけで大きく変化していく事ってありますよね。ああ!生きてて良かった!って実感できる時、漠然としてますが何度も何度も夜空に向かって感謝しちゃいます。だから、どんなに辛い事があっても、生きていればいい事あります。そう信じて念じて生きていくことあります。毎日楽しい人は、日々叶ってるんじゃないですか?スバラシイ!毎日が辛くて苦しい人へ・・・どんな時もギリギリでも生きるって(日々の生活に追われてるとすべてにおいて忘れそうですが)スゴイと思うんです。ギリギリでも充分、生きてりゃ親孝行してます。

いろんな死があると思うんですが・・・その人の分まで(その人の志とか想いの分まで)、残った我々が行動にして受け継いでいくことが、天国で、ご自分の死が無駄でなかったと、活かされ役立たれている事に、幸せを感じられるんじゃないんでしょうか?
2003/10/13(月) 
       『ニライカナイ・・・願いは叶う』(再会編その2)


9月の初旬にニライカナイをやめて沖縄の学生になったA山とも再会・・・辞める人をあまり強く止めることができないニライカナイなんですが、沖縄に行きたいと言われちゃ、私もそりゃ行きたいので寂しいですが、こころよく皆で送り出したんです。彼女を・・・オレンジの服がさらに似合う太陽の子になってました。お給料も渡すことができ、まだ辞めた感覚も全くなく、やっぱりファミリーなんですよね・・・素直で賢く鋭い子なので、一緒に周ったひめゆりや浜辺の茶屋でまた何かを得たんでしょう。スタッフのK池も沖縄行くかもと・・・なんか私も行かないと・・・と思えるように自然に流れがきているようで・・・皆に助けられ引っ張られているような不思議な感覚です。

新しい人との出会いもありました。北谷で知り合った足つぼ師の男性です。去年すでに出会ってはいるのですが足ツボをやっていただくのは初めてで・・・小林正観の本に感銘しているようで(当店にも多くの正観さんの本が置いてありますが)、よくストップウォッチで2万回数えたなぁ〜と思うのですが『ありがとう』を2万回言った日に、ニライカナイのあなた達が来た・・・と大げさな事を言ってくれてましたが、意気投合してしまい、『いいよ!パクってパクって・・・』と手技を学ばせていただき、今度はニライカナイ式足つぼをパクるということで来週横浜に来るらしく、中華街で再会予定!楽しみです。

TINGARAの『みるやかなや』の1曲目が耳から離れなくなって、勝手に詞を変えて自分の夢を叶える歌にして帰り道歌ってました。しばらくして歌詞カードを読むと、それこそ『みるやかなや(ニライカナイの古語)』でした。

2003/10/12(日)    『ニライカナイ・・・願いは叶う』(再会編)


沖縄を離れてから、もう早5年が経ちますが1年半前から行ってみよう!と思い直し、今回で3回目・・・少しずつ
浄化の旅から何か前進しているような・・・そんな気がします。この日記を読まれている方なら、『再会』が1つのテーマということに気づかれていると思います。いつもですが再会までの過程が学びになっているような気がしています。
沖縄で今回、また大好きな方達と再会をすることが出来ました。とても自然なことでした。会わない方が不自然な感じで・・・すごく横浜で頑張ってた気がしました。何年もブランクが開いていたとは思えなかったほど自然で、その時が一番嬉しそうな顔してたと後で写真見て思いました。後は運転疲れでくたびれた顔してるんですよね。年1回の運転は体力を消耗してしまいます。(笑)

今回、面白い事に再会した友人の一人が、職場の仲間と仕事の関係で東京に・・・沖縄で再会を果たしてから5日後には中華街で足つぼやってくれてました。ありがとうネ!しかも職場の仲間の一人が、すでに前回の出張で偶然にも私が足ツボやらせていただいてたらしく、かなり不思議でした。友人と急に場所を変えて会える喜び・・・これも不思議です。



2003/10/10(金)   『ニライカナイ・・・願いは叶う』

名嘉睦稔のBOKUNEN’S ARTというギャラリーに行ってきました。不思議な事に名嘉睦稔が好き、てぃんがーらが好き、ガイアシンフォニーが前から好きだったんですが、映画の地球交響曲第四章で繋がってしまいました。ここに来て、地球交響曲関連の本をお店に買ってきたことで、留守をしていたスッタフの中から、ガイアシンフォニーを観たい!との声が・・・観たスタッフと嬉しく思ってしまいました。昔、東京で龍村仁監督とお話させていただいた時の約束がまた果たせそうです。龍村監督とお話させていただいた翌日、私の知人達が沖縄でガイアシンフォニーを上映することになっていたので、電話で監督のメッセージを伝え、パワーを送ったのを懐かしく感じました。

てぃんがーらのゲレン大嶋さんのお友達がお客様なのですが、この場を借りして、『ゲレンさん!我々に素敵な贈り物をありがとうございます!』ご本人なら(かなり前のことですが)意味がお解かりになると思います・・・今新しいアルバム”みるやかなや”聞いてますが、ニライカナイの古語ということで、私にはイメージしたことは実現する(頭の中で見えたもの・映像化したものは必ず叶う)と聞こえます。神がしたことは、我々にもできるよ・・・ひと時でも同化できるよ・・・と何度も囁いてる音に聞こえてきます。


今日、HPを見たという沖縄好きのお客様が、『みるや(みるく)』は神という意味らしいと教えてくれました。そのお客様とお話していると、なぜだか、沖縄にそろそろ戻ってもいいのかなぁ〜と,、またお声を掛けていただいているような気がしてしまいました。最近そういう現象が多くなっているんですよね。

2003/10/10(金)    『津堅島』

沖縄に行って来ました!気候も暑すぎず、涼しすぎずでアダルト班(最年長班)としては、シミにもならなそうな穏やかな沖縄に出会えてご機嫌でした。今回は津堅島という本島から20分の島にも行ってきました。そこの浜はタバコの吸殻が多かったですが、それでもきれいな海で、アダルト班は去年の中堅班より全然小学生に戻ってました。『気持ちがいい〜!』・・・niraikanai波が体にドッブーンっと当たるだけで『楽し〜い!』と大笑い・・・珊瑚も本島に近い島の中では多いと聞いてやって来たのですが、ここよりメジャーな離島は珊瑚が減ってきているのかと思うくらい少し元気がなさそうでした。今回は行ってませんが座間味諸島も年々お疲れぎみのように感じるのですが、やはり晴れると海が眩しくて最高!あぉ〜い海と広〜い空が続いていました。海は疲れているとサインは送っているものの、やっぱり元気を与えてくれます。

ここで、未だに大好きなゴーヤーマンそっくりの珊瑚の残骸をスタッフK北が見つけてくれて大笑い!ガラスの破片もどうして海に1度戻るとあんなに綺麗になるのでしょう?今回は看板に再利用しようかとガラスを探してきました。すべてのゴミがガラスのように綺麗に再利用できるものならいいのですが・・・

2003/09/11(木)  
   『ニライカナイの願い・・・COCCOの想いをのせて。。。』

2年前にNEW YORKで悲しい出来事が起きてから(その前からずっとではありますが・・・)世界中のどれ位の人が亡くなったり傷ついたことでしょう。大人達の身勝手な行為から世界中に多くの孤児が増えました。9/5の夜のニュースで歌うことを辞めていたCOCCOが那覇中学校で8/15の終戦の日にいろんな意味でいろんな事を抱えた子供達、平和を願う子供達と一緒に心に響く以上の鳥肌もんの歌をみんなで歌っていました。その番組を通して彼女は『海をきれいにしようよ!』と子供達とビーチのゴミを拾っていました。私は最低ではありますが、けっこう自慢しーです。それがイヤで、沖縄で一人で海へ行く時だけゴミをビニール袋いっぱいになるまで掃除してから泳いでいました。ダイバーさえ誰も手伝うわけではないのですが・・・でもその番組を見て、それって自己満足なだけじゃないかと感じました。自分を肯定したいだけなんじゃないかと・・・どう考えても地球にいい事は『みんなでやらない?』って声を掛けているCOCCOの方がストレートで効率よく海がきれいになるって・・・去年スタッフと沖縄へ行った時も本部(もとぶ)のビーチのゴミを拾って来ました。4人で拾ったので沢山、速く拾えました。でも、COCCOの番組を見るまで、バカな私はその事に気づかなかったのです。今月もスタッフと沖縄に行きます。

今回からは声を大にして言います。
神聖な沖縄の海をきれいにすることを泳ぐ前にやりませんか?当たり
前のこととして・・・我々の地球をきれいにしませんか?タバコの吸殻を道に捨てるのをやめて・・・

2003/08/15(金)    『やっぱり元気がいい!皆さん、お元気ですか?』

雨ばっかりの夏休みですねぇ〜。夏は来なかったですね。先日20年前のバイト仲間から久しぶりにお電話がありました。懐かしかったです。たまに連絡があれば会うんですが、声は昔のままで元気そうでした。いったい自分は何年生きているんだろうか?ガハハ!とりあえず、みんな人生頑張ってますね。

涼しすぎる夏、皆様はお元気ですか?私ここ1ヶ月で急に手荒れがひどくなり、いろいろ原因は浮かぶのですが、手の仕事の為、少し
良くなってきたとはいえ、スタッフが心配してくれて、お客様でもあるヒーラーのマスターがいるBARへ雨の中行って来ました。すっごく汚い私の手に、きれいな有難いお顔のマスターは、カクテルを作る合間に手を握って下さって申し訳ないくらいでした。気を送って下さって・・・私も仕事柄、いろんな方から、いろんな気を送って頂きましたが、あったかい気持ちが一番ですよね・・・とにかくオーラが綺麗な美しい方でした。翌日少し頭が痛かったのですが、大雨で手も少し休める事ができたので少し楽になってきました。ベジタリアンになった分、体から毒素出まくっていたみたいです。マスターありがとうございました!あともう少し!頑張るぞ!

そのBARに連れてってくれたスタッフS野が『気づきは愛からなるのです!苦しみからじゃないのでは・・・』なんてマジメな話をしてくれました。そう言い切る彼女は愛に包まれながら生きてきたんだなぁ〜と、つくづく思いました。愛されるキャラのS野の熱い想いを聞きながら、いろんな人生あると思いました。この夏、地震や豪雨や台風で厳しい夏を迎えられた方が全国にたくさんいらっしゃいます。私も阪神大震災で親戚を2人亡くしました。自然は誰も責めれませんでしたが、あの前後から、生きるって何だろう?とか人生って何だろう?死って?とか意識して考えるようになりました。でも、私にとって辛かったあの地震でさえ、大きな気づきのきっかけをくれました。振り返ってみると、辛い事に感謝出来た時、気づきがありました。すべて無駄な事ってないですね・・・今、辛いと感じている事を山ほど抱えていて、生きるのがやっと・・・という方も、人の痛みが心からわかる優しい方になる為に今があるんでしょうね。そんな方にもいつか元気が戻ってきますようHPからニライカナイスタッフの気、特に元気パワーを送ります!ふあぁ〜。。。

終戦の日ですが、今回、広島と長崎の市長の言葉を、世界中の人々が重く受け止めてくれればと願うニュースだらけの毎日です。あってはならない戦争は、私たちが平和に感謝を忘れてしまうと、世界のどこかで勃発してるのでしょうか?最近、日本が2度と繰り返さないってこと忘れてそうな気がして残念に思う時があります。沖縄に暮らしていた時、戦争を本土にいる時より、意識しました。自分がナイチャー(内地・本土の人間)だから、戦争を知らない人間でも意識させられました。すごくいい経験でした。内地だってことで日本兵が沖縄の人にしてしまったことを何となく責められ、申し分けなく思う自分がいました。自分には関係ないではなく、まだ終わってないんですよ・・・沖縄や広島や長崎の戦争は・・・ずっと語り続けられるわけで・・・中国や韓国でも日本がしたことは同じなんです。それだけ戦争は時間で解決するものではないですね・・・沖縄で教えられました。意識し始めると、きっとシフトアップに繋がりますよね。嬉しかった事も辛かった経験も・・・
生まれてから握手だけで涙がこぼれてきたという経験を何回かしてきました。手紙やある言葉で、涙がこみ上げてきたって経験ありませんか?人の真っすぐな気持ちが伝わった時、その人の心の美しさを肌で感じると感動で涙が込み上げてきます。すごい人がこの世にはたくさんいます。スタッフもそんな人が多いですね。教えられる事ばかりです。皆さんから元気をいただき、私達の元気をどなたかに分けれたらと思っています。

2003/07/22 (火)     『食えない時代にお世話になった人々・・・鹿児島編その2』 
                       ◇◇◇ 生きてりゃ必ずまた会える!◇◇◇

鹿児島までノンストップで一気に車でやってきた私達は仕事的にまずリサーチのため市内に入りました。車をとめた駐車場のオジサンにうる覚えの店の場所を伝えるとすぐオーナーの店を丁寧に教えてくれました。たまたま、その方もオーナーと同じ伊地知さんという名字で仲良くなり、次の日はその伊地知さんが私の荷物を預かって下さって感動でした。ありがとうございました。お店に行く前に昔働いていたお給料貰えなかったお店が10年間誰にも借りられることなく、どんよりとしていてお店の気はブラックホール状態でした。私も物件見る時、限られた物件の中で、地盤の気やそういうのをできるだけ感じるようにしていますが、そこはかなり病んでました・・・でも、今振り返ると、そこで見たもの感じたものは、戦争よりもマシですし、こんな事をあえて経験しない方がいいと思いますが・・・でも経験してヨカッタと・・・生き方が大きく変わりました。こだわる事が大きく変わりました。

で、お世話になったバイト先のお店の方にご挨拶に・・・会った瞬間、手を握り合い、込み上げてくるものを隠せなかったです。まぁ、一方的に私の方がですが・・・やはり、この不景気でもお店は大繁盛でした。でも、そこでもう一人お世話になった方が、ガンで4・5年前に亡くなっていたことを知らされ、ショックでした。毎年、年賀状書いていたのに・・・その方も私にお弁当を作ってくださったり、沖縄へ夕方の船で出発する日、『夕方まで家で楽にしていなさい。』と、ごちそうをいっぱい作ってくださって最後のお別れをして下さいました。お金があってもなくても心が貧しい人よりやさしい人に出会えたことが、生きていくことにつながりました。『頑張んなさい!』繰り返し励まされた言葉です。今、この文章を作りながら胸が締め付けられます。今でも人から見たら頑張りすぎているように思われているかもしれません。実際はそんなに頑張っていませんが(笑)でも、その店のオーナーさんは今も生まれてから1度も歩けない、しゃべれない、20代の娘さんのため一生懸命働いています。今回、初めてお宅に2泊も泊めていただき、お嬢さんとお会いすることができました。一瞬、ほとんど動けない女の子と、どうコミュニケーションとるか戸惑いましたが、ふつうに話し掛けてみました。彼女の1日の嬉しいイベントを『楽しいね!嬉しいね!』って・・・ママがお家に帰ってくること、ご飯を食べる事、たまの外出、お風呂・・・元気がなかった瞳がキラキラ輝いてきて・・・私もその瞳に吸い込まれそうで・・・2人で幸せな気持ちになりました。カチカチになった彼女の体とオーナーさんの体の疲れを日頃の仕事を活かしてモミモミ・・・喜んでもらえて私の方が逆に癒されて・・・本当に会えて良かった。

お寿司のオーナーさんも偶然に、初日に泊めてもらったてっちゃん宅の4・5件先のお店だったことが判明し、お名前も店名もわからなかったのにお礼を言う事ができました。思い出の見晴らしのいいお部屋をとってくださって・・・貧乏臭いカッコウの我々をもてなして下さいました。やっとお金を払う事もできました。さらに鹿児島で店を出したい仲間にアドバイスをして下さって・・・貴重なお時間を私達のためにありがとうございました。

結局、貧乏だった私に愛の手をさしのべて下さった方は、皆さんお店がうまくいってました。御本人が人一倍苦労していたとしても人を助ける心を忘れない方はお店も続くんですね・・・当たり前かもしれませんが対照的なものを見ることができました。いつも思います。また、あの人に会いたい・・・これが全てだと・・・どうか今回ここには語れなかった再会できた多くの方々や新しく出会えた方もお元気で・・・またいつか生きていれば、必ず会いたい気持ちがあれば会えます!今回、このお2人を探すのに、コーヒー屋のマスターやいろんな方々がご協力して下さいました。ありがとうございました。
2003/07/15 (火)    
     『食えない時代にお世話になった人々・・・鹿児島編』

10年前、鹿児島に家出していたんです。(そのショックで母はガンになってしまった気がするんですが・・・)で、鹿児島では、今にもつぶれそうな会社にいました。勤めて、すぐにお給料が小切手でもらうようになり、そのうち手形になってしまい、これはマズイ!って感じで、いつお給料がもらえるかも現金化になるのか、不渡りになってしまうのかもわからないギリギリの生活でした。不安定なお給料をもらっていた私はバイトをしました。私の事情を聞いたその店のオーナーさんはトリガラのように痩せこけていた私に『食べなさい。食べなさい。』とお弁当や食事をご馳走して下さいました。ある日、その店のスタッフにお金をだまし取られてしまいました。それを他のスタッフから聞いたオーナーさんはその人を辞めさせ、お金を代わりに払って下さいました。『遠くから来て鹿児島がそんな所と思ってほしくない!』と・・・私に『腐ったミカンになるんじゃないよ。早くそこを辞めて鹿児島を出たほうがいい。』たった数ヶ月でしたが、最後あまりにも気の毒に思えたのか泣いてくれました。最後に1万円を少ないけど・・・と手渡して下さいました。私にとって今までで一番重みのある1万円札でした。もう一人お寿司屋のオーナーさんがお寿司をタダでご馳走して下さいました。お名前もお店がどこにあったかも覚えていませんでした。

私は横浜に戻るお金はつくれず、仕事でお世話になったことがある沖縄の方を頼って、僅かな脱出資金でも沖縄の家賃の安さなら暮らしていけると24時間かけて船で渡り、沖縄の那覇港に着いた時、初めて沖縄の言葉に触れたのが『ニライカナイへようこそ』という大きな門でした。この店の名前が決まった後、その事に気付きました。沖縄に暮らして以来、あまり過酷だった鹿児島の事は思い出すことはあまりしませんでした。

そんな私に近くのBARのオーナー(ロックウェルズのN野君)が鹿児島にお店を出すということで、アドバイスできるかは別としてお手伝いできればと思い、酒の勢いもあり、そのお誘いを受ける事にして、鹿児島のお世話になったやさしいオーナーさん達に彼とスタッフのS和君(たかちゃん)を紹介することにしました。何も連絡せず18時間高速を走らせて一気に鹿児島まで行ってしまいました。当時のお世話になった方にご無沙汰していたのでお会いするのが楽しみでした。またお礼が言いたいっていう人達に会える!

長くなってしまったので再会した内容は次回にします。なるべく早く書き上げますネ。
このユリはバイト先のオーナーさんの故郷、沖永良部島のユリで彼女のお気に入りです。
2003/06/17 (火)     『ブラックジャックによらしく』

本当にお久しぶりです。GWは遠くから年に1回ニライカナイに足ツボに・・・ってお客様が結構いらして下さって、とても嬉しかったです。ありがとうございました。

4/11の日記に『最近サボらず毎日書きたい気分なんです。』とかなんとか書いておきながら、またお休みしてましてスミマセンでした!やりたくなった事をイメージする毎日でした。こういう時、集中しすぎてしまって・・・次の夢というかお役目のような気がする事について動き出しました。とにかくGW終わってからと思い、アンテナを張っています。

『ブラックジャックによろしく』ってマンガに今ニライカナイははまっています!泣けますよね!魂が久々に揺さぶられました。この漫画家の佐藤秀峰って人に何があったんだろう?って思います。今テレビでもやってますので、ぜひご覧になって下さい。医療を変えるってきっとできるでしょうね。国民一人一人が疑問に思ったことを一歩でも前進していくことが未来につながると信じています。お金を支払うのは我々患者なんですし・・・自分の命は自分が守るべきです。もっと言いたい事いうべきですよね。いい意味でも悪い意味でももっと口コミするべきです。やっと最近は医療ミスとか取り上げられるようになりましたが・・・モルヒネ等も病院によって質が違うらしく、痛みが出てきた時、意識は残したまま痛みを取るモルヒネと意識まで奪ってしまうモルヒネがあるそうです。人間らしく家族と語り合えるのはどちらでしょうか?母が入院して間もない頃、大腸ガンをサプリメントやゲルソン療法で克服した看護婦さんが教えてくれた話です。それで入院してた病院の先生にモルヒネの種類を聞いたら『普通のモルヒネです。』と・・・これは意識がもうろうとする方なんだなって思いました。確かに毎日全く動かない患者さんを多く見かけました。このHPを読んで下さっている方で共感して下さる方がいらしたら、何でもいいと思うんですけど疑問に思っていることをそのままにしておかないで、見て見ぬふりをしないで動き出しませんか?きっかけは、いくらでもあるはずです。いくらでも我々に降り注いでいるはずです。

今日のガン情報
1日10時間以上は寝なくても横になっていた方が、免疫力が下がらないので無理せず体を休めてあげて下さい。ガンが自殺してしまう事をアポトーシスって言います。昆布のヌメリがいいらしいので毎日、海藻類も欠かさず摂取するといいみたいですね。

とうとう母の転移していたガンのうち一番心配されていた
肺ガンの影が、レントゲンで見た限りは消えたそうです。レントゲンやCT、MRIは免疫力を下げてしまうので、ずっと拒否していたのですが、先生の強い希望でしかたなく2枚だけならと先生が1番心配されていた肺のレントゲンだけ撮ってもらいました。でも、奇跡が起きたことでいい励みになったようです。胸水もなくなり、母も歩くのに自信がついたようです。早く表面の胸も良くなるといいなと祈るばかりです。きっとこれなら調べてはいませんが、骨に8ヶ所転移していたのも半分位は消えているような気がします。シャワーも2年ぶりに胸部にかけれるようになり、夏を前に私が1番目標にしていたことなので本当に嬉しくて嬉しくて・・・家族もみんな大喜びです!母を間接的にも支えて下さった皆様と大自然の恵みのお陰です。お医者様から余命半年と宣告された日から、ちょうど半年が経ちます。今日皆様に報告できて
何よりです。この事実が多くの方の励みになりますように・・・
2003/04/13 (月)     『うぬぼれ』

『いい気になるなよ!』と言ってた本人も言われた私もよくガツーンと自分に返ってきています。そんなつもりなくても、嬉しくて嬉しくて・・・って浮かれているとダメみたいですね。有頂天はホントいい事ないです。はやく、抜けたいですが・・・やってしまってる時、自分でわかるんですよね・・・自分のいけない癖が出るとやってるのわかりながら行動してしまう自分がいるんですよ。アレ何でしょうね?途中でやめようかな?と思いつつ続けてしまうんです。自分にしっぺ返しが来る実験中で止められないんですかね?やめたらいい感じの状況になりそうなのに・・・やってしまう。よくないですネ。

今回も強気でプリプリしてたら、感謝ってものをどっかに置いてきたみたいで残念な結果になってしまったことがありました。自分が作り出した現実を過信しすぎるのも違うみたいですね・・・すべて加減が大切ですよね。


2003/04/11 (金)     『普通の日記です。』

最近、日記ちゃーんとサボらず書きたい気分なんです。ほとんど月記でしたし・・・マ、またきっとオサボリ・モード(充電期間)はあると思いますが・・・あとは、なんか無理して書いてなかったってところもありました。書きたいような書きたくないような・・・昼は母の食事療法を手伝って夜はイスで爆睡してったってことも続いていたので、細胞にしまい込んでたものが噴火前って感じで・・・でも今日はメチャクチャいいことありました。

今日はめでたい日で、私の周りで3組が結婚するとか、したとかで、ビックリでした。続くときはホント続きますね。ホントおめでとうございます!

あと今日は・・・店の前に、中国人の2・3歳の坊やが夜ウロウロしていて道路に飛び出そうとするんです。危ない感じだったので
近寄ったらホントにタクシーが走ってきてもし施術中だったら・・・ゾッとしてしまいました。『危ないよ!こっちに戻っておいで!』と叫んでいただけなら、ハッキリ言ってひかれてました。声を掛けても反応なかったので中国語しかわからなかったのかも・・・お母さんは八百屋さんでお買い物中でした。もう、今日はホント暇でめげそうなくらいだったのですが、もし忙しかったら大変なことになってました。今日は激ヒマだったことヨシにしましょう!
2003/04/09 (水)     『約束』

ある本を久しぶりにパカッと開けたらタイムリーなメッセージが目に飛び込んできました。自分なりに解釈すると・・・『未来をイメージできるようになるまでは約束などできないのかもしれませんね。かといって、勢いで言い切ってしまうことありますが・・・約束を守るのが難しいのが誠実さとぶつかるから?本当の自分はいつもこうだと言っても、その後に気持ちが変わってしまう。なので、すごく葛藤が心の中で生まれてしまう。本当の自分か、約束した自分か・・・?』

他人を裏切らない為に自分を裏切ること、これって1番の裏切りじゃないのかなと・・・
どこから見ても幸せなはずの時から、本当に幸せでいられるのかと心配してしまうと、自分をみじめにしてしまう気がします。心配をせずにいられなかったのは、自分の幸せを人が約束を守ってくれるかどうかで決めてしまったからでは・・・人が自分との約束を破るのは、もう守りたくないから・・・または、もう守れまいと感じたから・・・人はどうして守りたいと思うのでしょう?本人がしたくないことを強制するべきと本当に思いますか?どうして本人の意思に反することを強制したがるのですか?誰かが約束を守らなければ自分が傷つく、傷つくのを恐れて、人を傷つける・・・傷ついた人はいつか約束を守れなくなる。

人に約束を守らせて、それで自分は傷つかずに済むと思いますか?自由に生きている人よりも、しなければならない事をしている人の方が、ずっと大きな被害を与えてきているんだと・・・体まで壊してしまうでしょう。相手を約束やコミットメントから解放してあげれば、当分は自分が傷つきます。でも、長い目で見れば被害は受けていないのでは?相手に自由を与えれば、自分も自由になれます。自分も苦しみや怒り、悲しみから解放され、自尊心を傷つけずにすむでしょう。人に無理やり約束を守らせれば、必ず自分が傷つきます。もっと、かわいそうなのは、それさえも気付いていない自分です。それとなく気付いていても知らない振りして時間だけ無駄にしている人も多いはず・・・今、丁度CMで、『ねぇ?今日、いくつ嘘ついた?』と女性が彼に聞いています。


長期的な被害ののほうが、ここしばらくの被害よりもはるかに大きい・・・人に約束を守らせようとしたことがある人には、きっとわかる筈です。

2003/04/09 (水)     『山越え』

『まだまだ、なりたい自分がありますね。逃げてた自分もいっぱいありますし・・・越えたい山がありますね。』っと前回書いた日に、今までの『エイチヤマヌ』チエの日記をずっと読み返したんです。何でか自分で癒されてしまいまして(笑)・・・いい事かいてあるなぁ〜と、いかに自分が成長していないのか『恥を知れ!』と言いたくなりますね!ホント馬鹿すぎて情けないです。ほとんど自分に言い聞かしているというか、毎日繰り返しの連続で、進化してるのかな?と疑いたくなります。でも次の山は登り始めているんじゃないかな・・・?何の根拠もないです。ホント全くです。自分でも登ってる感覚ないです。ただ、まだ平坦な道を出発したばかりという感じがします。

もし日本から飛行機乗って空港着いて、変わり者の登山家がそこから徒歩でエベレストを目指したら・・・きっと平坦な道がずっと続いたり、登りたいのに下り坂もいっぱいあるんじゃないですか?今、霧も濃くて雨も風もひどくて全く前が見えてないんです。でも進もうと・・・決心はしたんですよ!登る!って・・・最終的にエベレストから見た景色ってどんなのですかね?もしかして高すぎて雲だけ?それでも頂上までの道のりを振り返ると感動なんでしょうね!きっと近くの村までは車で行きなさい!とか、そんなの無理だ!やめなさい!と言われてしまうんですよ・・・またこれから出会う人々に、単純なので信じちゃんですよ。かわいそうとか言って同情しちゃうんですよ。そうやって振り回されたり横道それてみたり・・・でも最後はかなり集中するんじゃないか?どんな風に事を進めていくかは、まだわからないくらい風任せ。成功者からみたら、かなり時間かかりそう・・・アホか・・・って
あきれられるでしょう!もう慣れているので気にしません!

1年程前に夢を見ました。耳元で山越えしてきた疲れた男性が私の耳元で私の名前を呼んでいます。その人は今目指している夢が登ってみたものの何かが違ってて、疲れて戻ってきたようです。あれ?これって山、越えたけれど違う方向に下りて来たみたいでした。私はどんな道のりになるのかイメージして、でも考え込まないで味わって楽しんで行きたいです。夢はいろいろありますから・・・


2003/04/08 (火)     『進む道がある!』

先日シャワー浴びていたら安室の『I Will Be Thereが頭の中に浮かんできました。『いつの日かぁ〜進む道がある〜』・・・この日記をよく開いている方は、いつもシャウトしている話が、また始まったとお笑いになっているのが私も浮かんじゃいます。私も毎日あきないなぁ〜と感心してしまいます。ハッキリ言って足ツボの話、一切出てこないですからね(笑)!自分は仲間のスタッフから見ると、けっこう年上なのに自分より落ち着きがないとか、いつも物がないと騒いでいる人物と見られがちです。元スタッフのKメちゃんのHPにも相当強烈な人物のように出ていて、かなりお笑い系と想像されていることでしょう!全て事実ではありますが・・・3月に送別会がありました。(このHPにも登場したことがある看護婦志望のスッタフとスゴ技のスッタフがそれぞれ夢を叶えました。)かなりオメデタイ送別会となったのですが、そこで私と同じ古巣のスタッフが『これからのニライカナイはどうなっていくのか?』と展望めいたことを振ってきたんですよね。浮かんだことはあったんですが、自分でもエーッ!何考えてんだろ?!っと、たまには浮かんではいたんですが、ある事が浮かんだんです。まだ秘密ですが・・・ま、大した事じゃないんですが、その時とっさに浮かぶとは思いませんでした。そういう事って具現化しゃうんじゃないのかな・・・と今までのパターンではそうなんですよね・・・

・・・元ルームメイトが電車で浮かんだ仮説で、思わずレポート用紙に3枚もメモってしまった話なんですが・・・そのメモを読むとアメーバが登場してきます・・・『このまま、ずーっとアメーバでいい・・・と思っていたアメーバは、50億年経ってもアメーバのまま生まれ変わる。でも、このままじゃイヤだ!もっとなりたい自分がある!やりたい事がある!って思い続けたアメーバは細胞分裂をし始め、魚になり、ハ虫類になり、どんどん進化し続け人間になった。空を飛びたいと思った人間は飛行機を創造した・・・』とか続くんですが、ホントにかなり不思議なキャラの友達でしたが、私も一気読みしてしまいました。まだまだ、なりたい自分がありますね。逃げてた自分もいっぱいありますし・・・越えたい山がありますね。

沖縄の宮古島に砂山ビーチっていうお気に入りのビーチがあります。何がいいって、車でビーチ脇の駐車場まで行くと、初めて来た人は『何処に海があるんだヨ!』って怒るんですよね。しかもスッゴイ急な砂の坂に足をとられながら、ゼーゼーハアハアして登らされて怒りがピークになった時、目の前にパァーっとメチャクチャ鮮やかな色した海が広がるんですね。みんな一斉に、スッゴイ笑顔で海に向かってまっしぐら!それを見るのが幸せなんですよ。たまーにサメが出るので危険ですが、かなり幼少に戻れるビーチなんですよ。完璧、その砂山が技アリなんです。そういうのやりたいんです。

2003/04/08 (火)     『桜坂』

桜ももう終わりですね。。。さみしいですね。桜の花びらが風でいっぱい散ってきます。すごくキレイなじゅうたんです。自然は、はかないけど美しくて力強い。去年も桜の季節まで、いろんな想いや出来事がありましたが、もうあれから1年経ったんだなぁ〜としみじみ・・・この1年もいろんな事がありました。去年と同じお気に入りの桜を撮りに行きました。母も元気になりつつあって嬉しいです。今年も桜を見ることができて何よりです。今回は生後2週間の赤ちゃんと出会いました。小さすぎて人形かと思ったくらいです。命は限りあるって気もしますが永遠なんでしょうね・・・花は散っても必ず咲きますし、人は死んでも、また何処かで生まれます。淋しいけれど、また再会できます。時期がくれば・・・

今年は、お気に入りの公園で、桜が良く見える坂というより丘を発見しちゃいました。そこからボーッしたいと思いました。桜にやはり抱きついてきました。桜坂の歌を思い出しました。世界中の人が幸せになれますように・・・遠くで祈ってます。すべて意味があるからどんなに辛い事があっても大丈夫だと・・・

今日のガン情報
当店でも取り扱っていますがハナビラ茸やヤマブシ茸もオススメです。アガリスクよりもβグルカンが数倍多く含まれているので毎日取ってます。あと母のリンパ球を1000倍培養して、また点滴して入れました。好中球は主に炎症があると数値が上がってしまいます。血液検査で白血球とリンパ球の%を掛けてみて数値が高いほうが免疫力が高いのです。好中球はリンパ球と反比例します。正常値に保てるような栄養素のなる食事を毎日取り続けるといいようです。ようやく、何をやっても治らないと12月に告知された(ガーゼを交換していただいている)先生がよくなってきていると喜んでくださいました。まだまだかもしれませんが、いろいろ勉強して走り回って良かったとやっと思えるようになりました。この先生に、このセリフを言わせたいと頑張ってきた3ヵ月半でした。


2003/04/07 (月)     『祈り・・・』

2日前に、『あ〜!私ってずっと祈ってる〜!』と初めて思いました。寝るのが異常に遅いんです。朝になってしまうんです。それは意識してやる時もありますが、無意識に普段の生活の中でやっている場合もあります。これって皆さんもですかね?但し、私的な願い事もかなり多いですが(笑)・・・なぜTVニュースが気になるか?イラク戦争が気になるか?それを望んでいない、そうなって欲しくないからです。だから願うのです。だから祈るのです。寝る前も1日を振り返り感謝して、明日願いが近づくように、叶うように祈ります。この前、赤レンガの写真展に行って来て、あるコーナーで年配の女性のコメント付きの写真がありました。『夢・・・願えば叶うもの』・・・勇気付けられました。よくこの日記で同じような言葉を並べていますが、やっぱりジ〜ンときちゃいました。私の人生は、まさに毎日が実験のように試され想ったことが叶うかの連続です。誰に何言われても、そうならないと気がすまないってことあります。逆にどうしてもと思わないことは、どんどん話が流れていきます。それって祈ってないことだからですかね?そのまた逆で狙いすぎても叶わないですね。

最近、心がフラットな状態で単に会いたい人で気になっているとやって来ますね。噂をしている人がやってきます。私も何でか遠回りしてみたくなると私に会いたかった人にバッタリ出会えます。寄りたくもないのに行ってみると私を丁度待っていた人に喜ばれます。自分に謝りたいと思っていた人が急にやってくる。想っていたことが良くも悪くも自分に振ってくる。これは祈ってなくても相手が願うことで呼ばれてしまった・・・相手の願いに引き寄せられる。

祈る事、願う事、奇跡を信じる心、反省する心・・・あきらめないで平和を願うこと・・・悶々とする日もありますが、繰り返されたとしても諦めないことです。必ず道は開けます。


2003/04/06 (日)    
    『うーん、悶々として味わっている事・・・』

あの時の正直な気持ちが後になって、あれ?違うんじゃない?本当は自分がひねくれてたり、自分のおごりだったり、感謝する気持ち忘れてただけじゃないのかな?ってことありませんか?心から感謝するって自然なことすぎて、エゴだらけの時は忘れてしまいがち・・・生きていれるだけで感謝している人が世界中にどれだけ多くいることでしょう・・・相手に対しても生きていてくれただけで感謝ってこと忘れていた自分がいます。そんな謙虚な自分もいますが傲慢な自分、筋を通せない自分・・・コントロールの効かない自分ってのも、まだまだやってしまいますね。

最近はニュースをよく見ています。イラク戦争が始まって、多くの人があの映像を見て心を痛めていることでしょう。壊すって簡単なことですよね・・・昨日まであったもの、生きていた人・・・簡単になくなってしまいます。だからこそ大切にしたい・・・こうやって仕事ができる平和な空間にいれる自分が有難いけれども、地球のどこかで憎みあい、殺し合っていると思うと悶々としてしまいます。

必ず自分がしたことは返ってきます。私も今返ってきています。そこで学びがあると思います。喜びも悲しみも怒りも返ってきます。わかっていても衝動的に駆り立てられる時もありますが・・・でも許せないからといって、強制的にやらせたり、自分中心になりすぎると辛いのは自分だと後でわかるもんですね。相手のことだけを考えるって出来そうで難しい・・・自分の望んでいる事と食い違っている時は複雑だったり、怒ったり、辛いとか、それでも嬉しいとか状況によっても様々ですよね。

私はストレスが貯まり始めると山や公園で叫んだり、木に抱きついたりします。最近は貯めないように心掛けています。逆に感謝したいことがある時も山に行ったり、木に抱きつきます。あ、犬にも聞いてもらいます。悶々としても長く抱えないように・・・人に言えないときは自然界にお世話になります。

2003/02/23 (
日)     『筋を通す』

最近、筋を通さないないとね・・・って現象が私の前で3回も起きました。うん?私が筋を通していないのかなぁ?と思うところもあるのですが・・・約束を黙って破る人がいたら、そこまでは筋を通す必要もないかもしれませんよね・・・筋を通さない人を見ていると複雑な気持ちになります。わかっているのに、筋を通すつもりが結局できなかった・・・そんな場合もあれば、優先順位はこっち・・・でもあっちもね・・・人間は弱い動物ですよね・・・できそうで出来なかった・・・納得のいく人生って人それぞれだと思います。もし自分に甘くしてしまった事を、後悔しなければいいんじゃないのかな・・・と思います。自分に返って来たとしても、その時その時、精一杯生きれたという満足感があるならいいのですが、あの時あんな事をしなければ・・・という風に自分に返ってきた事を悔やむのなら、最初から筋を通したほうが賢明ですよね。本人が納得してやっていればいいんですよね。

今日のガン情報
ガン細胞を永遠に培養するには肉汁の中に漬けておけばいいそうです。逆に野菜のエキスをガン細胞にたらすと消滅するそうです。
でも無農薬の野菜がいいらしく、これまた探すのが大変です。進行・末期ガンの方はその辺を厳密にやった方がいいらしいですよ。無農薬と思って買った野菜でも調べてみる必要があるみたいで・・・刻んだ野菜を水につけ、そこに試薬を垂らし、ピンク色に染まってしまうと農薬がかかっているということです。きっと、ほとんどじゃないのかな・・・ちなみにその辺に生えてる草は色が変わらないそうです。

2003/02/8 (土)     『ガンでも健康に生きる!』

ご無沙汰してしまいました。HP担当である私の母がわかっていたこととはいえ、12月に初めて病院に行ったところ、ガンと診断され、『間違いなく余命半年です。』と言われ、それでも諦めることなんかできない私としては、マックスゲルソンの食事療法など体にやさしい方法で家族と無我夢中で頑張ってます。そんなわけで、日記を書く前にイスで爆睡している毎日が続いていました。日記を楽しみにされていた方がいらして、何度も『まだか、まだか・・・』と開かれ、もう見られてないかもしれないと思いつつ、やっと更新できました。・・・遅くなり本当にすみませんでした。これからはHPで伝えられるガン情報もたまに載せていきたいと思いますが、やはり詳しくは個人的な事になりますのでお店にでも遊びにいらして下さい。あくまでも個人的になってしまいますので・・・

もう2003年になって1ヶ月が経ってしまいました。かなり遅れてしまいましたが、去年1年間HPを見てくださったり、お店にいらして下さった皆様、本当に有難うございました。今年もまた宜しくお願い致します。いつもニライカナイを応援して下さって有難うございます。

母は10年も隠してきたのでお医者様もお手上げ状態のようです。諦めの悪い私はたまたま正常分子栄養学を少しかじったことがあります。全ての細胞は口から入れた食べ物や飲み物が血液を作り、体を形成しているのでど,んどん体にいいものだけを徹底的に入れていくと、徐々に体の毒素は便や尿、毛穴から発疹やふきでものとして排出していき、しだいに全身が浄化され部分的にというより、全体的に健康的になっていくという当たり前のことなんですが、現実はスーパーやコンビニで売られているものは農薬、防腐剤や合成着色料など利益追求型の食品が主です。虫が食べない野菜を人間が食べたがっていることに疑問を感じないのが不思議です。


人体実験した事といえば、私がアトピーで友達が花粉症と生理不順だった時、近い食事療法をやり、今はその症状が現われる事がほとんどないってことですかね・・・ゆっくりの変化でも、悩んでいた我々にとっては肌もハリが出てきたり・・・友達は爪が弱くて爪切りも使わずに爪が剥がれたり、マニキュア塗ると爪がボロボロになってたのが、ネイルを楽しめるようになったりで他にもメリットがあったようです。体の細胞をきれいにするっていう意識や行動は、病気から遠ざかっていくのではと自然に納得しちゃいました。でもストレスはそれを上回る事だということも、足つぼやっているとスゴク感じます。ストレスは体の循環を一気に悪化させ、もちろん足の反射区にも老廃物が貯まっていきます。問題が生じた時、ちょっと考え方、見方を変えることもホント重要です。

現代病である成人病の方も、添加物や農薬でいっぱいの食べ物を極力避け、とにかく栄養価の高い食事と、体に貯まってしまった毒素を出して急激に血液をきれいにする必要があります。大量の栄養(現代の土壌はやせているので、効率よくサプリメントを摂ることも重要)を取ってもらってます。お陰で顔色はすごくいいですね。毎日おまじないの様に細胞に聞こえるよう『すべてが良くなりますように・・・』と声を掛け、母はガンの事を『ガンチャン』と呼び、闘病生活って言葉は使わず、
闘うとか殺す、やっつける等、全てガンが悪者のような波動の低い言葉はやめて(世界のニュースもそんなのばっかりですが・・・)体がただきれいになるといいね・・・って感じで無農薬のにんじんジュースをかなり飲んだり、塩分、肉、白い砂糖はカットし、無農薬の野菜だらけの食事をしています。『宣告された月日をまずクリアしようね!』『まあ、このままじゃあー、死なないでしょう。』『先生、ビックリするかな?楽しみー!』と明るい会話と笑いと1時間毎の栄養補給で忙しく毎日が過ぎています。

余命○ヶ月という宣告を受けた重い病気の患者さんとそのご家族の方々の気持ちが、以前より痛いほど分かるようになった自分が(それを経験できた事を)良かったと感じます。励ましのお言葉やお手紙、メール、お見舞いやお守り、私がお店を抜けて病院や実家に行っても、留守番していてくれる仲間のスタッフのお陰で、母は生かされていると実感しています。ほんと何をやっていいかわからないご家族の方もいらっしゃるかと思います。私も最初ドキドキで手探りでした。これでいいのかな?もうやるしかないんだぁー!ってかなり間違ってやってた事もありましたが、今は1日のパターンが出来上がってきました。まだ栄養は、母の体の状態では足りてないかもしれません。でも本人も家族も生きることに毎日一生懸命です。ガンがあっても無くなっても、辛そうな顔色よりやっぱり、顔色がいいのが一番です。同じような状況にある方々も同じ気持ちだと思います。治療は様々だと思いますが、必ず生まれたからには、肉体は終わりをいつか迎えます。でも、それまで横道をそれる事あってもまっすぐ前向きにきれいに生きていきたいですよね。かっこよく生きたいですね。ちなみに母はお笑い系ですので、かっこよくはないですが、強い人だと癌になってさらに感じています。
2002/11/17 (日)     『正直に生きる』

最近、正直に生きるってこと教えられています。自分に逃げないっていうか、自分に納得する生き方をしたいという心底にあったものが、どんどん現象になって起きています。どんどん真っすぐに、余計なものを取りたいという本当の自分の願望が現れてきています。モヤモヤがとれてきている・・・シンプルに自分らしく生きるって心は楽なもんですね。体は疲れていても気持ちがいい。

2002/11/25 (月)     『夢は叶えるもの!』

昨日、北関東から夢を叶えるため脱サラして神奈川県に修行にいらしてる男性とその奥様がいらっしゃいました。調理師の試験があったらしく奥様が激励,しに、こちらにいらしたそうです。ご主人が立ち仕事に変わられたことで疲れた足を楽にするためにデート中、たまにニライカナイに寄られるそうです。お子様は当店のスタッフと近いお歳という素敵なご夫婦でした。夢を叶えようと慣れない長時間の立ち仕事を頑張るご主人と、ご自宅を守られてる奥様がメチャクチャ輝いていて、格好良かったです!

あまりお客様の事は載せないようにしているのですが・・・いつでも夢は叶えられますが、早いも遅いもない!目指してる時、やり始めて何にもわからないけど、動くだけ動いて、お金もない、毎日があっという間で、イスで爆睡!そんな時が一番充実してるんじゃないのでしょうか?ただ夢を実現させるためだけの毎日!その人だけが頑張ってるわけじゃなく、その人をサポートしてくれる人がいるから頑張れるし、なんとかしちゃう!


今、中華街もメインストリートばっかり人が歩いてて、二ライカナイのある長安道(地味で誰も道の名を知らない)は相変わらず人通りも少なく、毎日ハラハラドキドキですが、ワクワクドキドキも忘れずに、素敵なお客様からパワーをいただいて、2年目の冬をたくましく乗り越えたいと思ってます。2周年をスマイルで迎えるために、越えないといけないずの冬山がまだまだあります。きっと越えられない山はないんですよ。越えたら人はそう思えるはず。また振り返ればネタになってしまうでしょう。ニライカナイの仲間と素敵なお客様に支えられながら・・・


2002/10/24 (木)     『おじいさんの古時計』

最近、平井堅が歌ってヒットしてますよね。ニライカナイにも店主のおじいさんとおばあさんの古時計があります。本当は動いていたのに、いとこがどんな使い方でもいいから持って行って!と甲子園から譲り受け、ショピングカーで6年程前に引っ張ってきた時計です。阪神大震災の日まで動いていた時計です。朝なのか夜なのかゼンマイが止まったのは9時9分でした。私の母の実家に60年掛かっていた時計です。地震にも遭いながら状態も良かったのに、店の2階に掛けてからは紫外線や雨風でボロボロになってしまいました・・・今はもう動かないおじいさんの時計です。あの地震の日、私の伯父と叔母が亡くなりました。あの日地震がなければ、きっとまだこの時計は動いていたことでしょう。地震の前日の1/16に、それまで横浜で長期滞在していた祖母を私の母が兵庫県の実家に送ることになっていました。1/15に、伯父から叔母の喘息の状態が良くないとの電話が入り、帰りたがっている祖母を説得して春まで帰るのを待つことにしました。もし、伯父が電話をかけてこなかったら祖母も母も1/17に死んでいた事でしょう。伯父と叔母が2人を救ってくれました。地震後この時計は、うちの押入れに眠っていたのですが、第2の人生はニライカナイを見守ってくれる古時計になっています。

この古時計をつける前日までお店がオープンしてからガラガラだったのですが、掛けた途端、お客さんが入り出して、ナントカやっていけるようになりました。ホントご先祖様の力は、すごいデス・・・


この曲がヒットした時、この時計のことを歌ってるみたいで、うれしく幼少の頃にワープしたみたいでした。夏休みよく遊びにいったことを思い出します。『天国にいるおじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃん、ボロボロにしてしまい本当にゴメンナサイ!そしてありがとう!』

2002/10/15(火)     『出会い・別れ・再会・・・』

ニライカナイ・スタッフ4人で沖縄研修旅行に行ってきました。友人であるH嘉さんというマッサージ師に今回マッサージを1人1人やってもらいました。私が初めて心を全開にさせてもらい身も心も癒して下さった友人です。沖縄の友達でも彼の魅力は分かり辛いのですけど・・・わかる人はわかります!押し付けず、でも自分の直感を信じ、目が見えない分、もっと大きな何かを感じ見つめてきた方です。私が辛い時期にいろんな事を教えてくれました。直感を具体的にたくさん感じさせてくれました。そんな友人を仲間に紹介できて不思議な気分でした。沖縄を何年か前に離れる時もう会えないとは思わなかったけど当時まだ出会っていなかったニライカナイの仲間とこんな形で再会できるなんて想像もつかなかったです。今は直感が鋭くなる時も鈍い時も私なりに楽しんでます。鈍くなる時は共時性がどれくらい起こるか見てみます。私はまだまだの人間なので2・3回の偶然じゃ大きな話はいつも動きません。5回くらいはないと話は進みません。でも必ずワクワクドキドキしたことは夢が叶うみたいです。別れは悲しい時もありますが、また出会える時の喜びは格別です。次回の旅行では、留守番してくれたスタッフを連れ、H嘉さんや沖縄そのものを感じて頂ければとイメージして、お仕事頑張っていきたいと思っています。
お気に入りの公園のガジュマルの枝と根っこが、私にとっては、やられたぁーと沖縄に釘付けになる1つの理由です!


2002/08/23(金)     『感じることを大切に・・・』


ふと思いついたことや体が感じた事をすぐ行動にとってみたら、何か進むのではと思います。何もしないより、相手には伝わっているのでは・・・何かを贈りたいのなら贈ればいい・・・ただそれだけです。誰かが思いがけなく私達の人生に関ってきたら、その人はどんな贈り物を受け取りにやってきたのか感じてみては・・・きっと私達それぞれの存在が出会った人にとって贈り物になることでしょう。

日記を1ヶ月ほどお休みしてお客様に今日もお叱りを受けてしまい、新人研修に没頭していたのですがやっと少し落ち着いたので地味なこの作業を店の軒下で雨に打たれながら(8月だというのに凍えながら・・・)パソコンに向かっています。O森様をはじめ、更新していないと残念そうに訴えて下さった皆様、このページを楽しみにしていて下さってありがとうございます。たまに弱い人間ですからオサボリしてしまうので何回かブーブー言って下さい。重い腰が上がるかも・・・

たった今、沖縄の那覇と豊見城から男の子達が足つぼやりに来てくれました。日本で1番大きな村、HP担当者が住んでた村、豊見城村がなんと市になったらしい!あと、ナント、ニライカナイ橋という橋ができたらしいのです。これは我々にとってビッグニュース!沖縄旅行を計画中なのでみんなで行ってみたいです。すばらしい情報を運んで来て下さってありがとうございました。(後日、橋を見に行ったら、しょぼいんです)


2002/06/25(月)     『シンクロする毎日』

最近、タイミングよくメッセージ性の強い人に出会ってばかりです。ありがたいお言葉をストレート、カーブで投げかけてくださいます。どんな時も何かヒントが目の前にやってきます。今日は何が起こるんだろうと・・・ドキドキです。シンクロすると、どちらにせよ自分の細胞が『ストライク!』
と叫んでいる感じで楽しいです。自分の責任で毎日いろんな現象を引き寄せ、それに自分がどれだけメッセージを読み取ることができ、行動していくかの繰り返し・・・誰かがそれを見ていて今回はそうやって乗り越える事ができましたねとか・・・そうそう心から感謝できるようになったね・・・ナンテ『合格!』ってハンコをもらえないと何度も何度も同じような現象が繰り返されているような気がします。ある意味、丁寧で親切しかも辛抱強い。ある意味、しつこく・おせっかいな厳しい指導者のよう・・・その指導者がヒントを運んで来てくれてるのかな?っていうのがシンクロニシティ(偶然の一致・共時性)なんですかね?人が変わっても、どこへいっても、このしつこ---い現象は自分が気付くまで我々を追っかけて来てくれます。親よりも四六時中めんどうみてもらってます。ホントすごい!
2002/06/23(日)     『大事なこと・・・』

どんな時も私達はうまくいくようにできていると思います。好きな人と一緒にいれなくても、最愛の子供に会えなくても、大好きな仲間と離れていても、新しい場所で新しい出会いがあり、新しい発見や気付きがあるでしょう。自分から決断して飛び込む人も、そういう状況に追いやられて入っていく人もいるでしょう。うまくいかなかった時、つらい事いっぱい感じるかもしれません。そういう環境に何度かさらされていくと、打たれ強くなり、免疫ができて、次の環境では、なかなかうまくできなかった事が気をつけれるようになり、こなせていく自分になっているのでは・・・今までより大きな視野を持てる自分になっていくでしょう。そうなれば失ったものよりずっと大きなものを得ているでしょう。

自分がつらい思いをして稼いだお金、汗水たらして稼いだお金を疲れた自分の体のために使うお客様がほとんどです。我々スタッフが、それぞれお客様にどう伝わっているか本当に各スタッフの技術より心の置き方だと思います。お客様のお支払いになるお金は、我々と同じ労働の結晶である事を当たり前ですが、自覚した上での対応と施術が問われてきます。お1人お1人の施術に入らせていただく前の心構えとして忘れないでいきたいと思っております。

2002/06/06(木)     
『コヨーテ・テラー』


中華街にエスニックの雑貨屋さんでチャイハネさんというお店があります。チャイハネ・ネネ地下1Fで先月ネイティヴアメリカン伝統継承者のジェームス・ウクアラ(コヨーテ・テラー)さんによる彼の祖先の話、古代の神聖な知恵(叡知・英知)を語って下さいました。頭には鷹の羽をつけ、顔にはペインティングを施し、、太鼓をたたきながら大地に響きわたる太い声で歌い、その波動が体に伝わってきました。『グレートスピリットはグランドキャニオンに降りてきた。大地から赤い粘土を一粒握り、それをこね、息を吹きかけた。赤い粘土を大地に戻した。やがて大地から腕が出てきた。(祖先の誕生)・・・』彼は最後に『グレートスピリットはあなたが苦手な人、嫌いな人も創造した・・・。』と前日、同じような言葉をこの日記にお伝えできれば・・・と、入力しては消していました。彼の話で一番引き合ったのは全て必要だから創造されたということをもう1度教えて下さったこと。全ては自分が引き寄せているんですかね・・・喜びも悲しみも・・・厳しさは超えられるから引き合うのでしょう・・・私なんか、超えられた時でないと、まだまだ感謝できないんですよね。

私の大好きな映画で初めて見て拝んでしまった映画があります。ガイアシンフォニー(地球交響曲)の第二章でダライラマが『あなたが嫌いな人はあなたの最大の恩師である。』と語っていました。自分のポリシーや生き方に対してこだわりを与えてくれるのもそういう人との出会いやそういう出来事の後、気付かされたりしますよね。コヨーテ・テラーはメチャクチャかっこよかったです。出会えて満足。声を掛けて下さった主催のT子さん(足つぼ ニライカナイの名付け親でもある方)、関係者の皆様ありがとうございました。

2002/05/15(水)      『返還』

沖縄本土復帰30年・・・在日米軍基地の75%が沖縄にあります。県民所得は変わらず最下位です。去年の9月のニューヨークのテロ以降、基地があるということで観光客も減り、2月に戻った時も着いた途端、沖縄が元気がないと空気で感じました。
ある人が私に『ジャンプにする時、1回しゃがむでしょ?今の沖縄はそれなのよ。』と話してくれました。確かにOKINAWAにいるとどんな歴史があっても我々に癒しとパワーを与えてくれます。そういう力強さを体で感じます。

南アフリカに行った時、アパルトヘイトがまだまだ残っていました。プール付きの大豪邸から車で2・30分走ると電気も通ってない家?がずっと遠くまで続いていた。人権とか土地とかいろいろなものを奪い合ったりして、人はずっと歴史を繰り返してきました。地球上でどれだけ繰り返したでしょうか?必ず返還という前に争いがあり、悲しい歴史が、多くの犠牲者が出るのをわかっていても・・・争いがありました。

いつの頃からか学校に歴史という授業があり、歴史の先生は何を伝えてきたのでしょうか?カリキュラムをこなすだけの授業じゃないと思うのに本当に大昔から戦争は繰り返され、今も日本の企業は世界の武器を部分的にお手伝いして利益にしています。どれだけ人の心に歴史は教訓として役に立ったのでしょうか?歴史はいつか教訓として本当に争いのない『本当の返還』を実現させてくれるのでしょうか?

2002/05/11(土)     『気持ちは伝わる』

人に会ってても相手にうまく伝わらない時ってありますよね。ストレートに言うのが恥ずかしかったり、強く言い過ぎてしまわないかと心配してみたり・・・そんな時、電話やメールを人は使うことが多いように思えます・・・電話の先は誰ですか?電話が鳴ったりメールが入るとすぐ誰からか、わかる時ってありますよね。どういう感情かも会ってなくてもスゴク感じてしまう時ってありますね。勘が働くときは引き合っているのでしょうか?すごく伝わってきます。

ある日、突然ガラッと運命が変わる時ってありますよね。それがある人との出会いだったり、別離だったり、1本の電話だったり、ある本との出会いだったり・・・今、何を願ったり、つい思い浮かべながら生きていますか?大切にしているものは何ですか?心配すればするほど、それが実現してしまうのも事実。
なんか、もう別にいいや!どうにでもなれ!って吹っ切れて無になって生きてるとホントいいこと後からありますよね。いつも振り返るとそんな気がします。その流れがわかってくるとつらい時も何がこの延長線上につながっているのか楽しみになってきます。自分が楽しくて自然でいられたら最高ですね。全ては私達の気持ち次第ですね。
           (写真は本文と無関係です。)
2002/05/02(木)     『 日木流奈くんの本を紹介させて頂いてます。』

4/28(日)NHK特集でLUNAちゃんを取り上げていました。私がルナちゃんを知ったのは4年前でしょうか・・・?1990年生まれ。極小未熟児(1480g)先天性腹壁破裂として生まれた直後の3度の手術のストレスにより、脳にたまった水が脳を圧迫し、脳障害となったようです。文字盤から1字1字、指を差して綴った彼の言葉は心の奥底に響いてきます。前から、いつかお店を持ったら流奈ちゃんの本を紹介したいとずっと思ってきました。去年、店をオープンしてはじめて流奈ちゃんの本が売れた時、スタッフみんな大喜びでした。『はじめてのことば』や『月のつぶやき』が最初に読んだ本です。彼を知った頃は(今でもですが・・・)出会う人におすすめしていました。たまたま今日、このHPを開いた方、流奈ちゃんの本をぜひ優先して触れてみて下さい。人間の無限の可能性を感じるはずです。
2002/04/30(火)     あかばな〜ありがとう!

4/23にスタッフからあかばな〜(真っ赤なハイビスカス)を1周年記念のお祝いにいただきました。お店のロゴの花になっているのでとてもうれしかったです。去年の夏、何度か店頭にと思い、いろんな花屋さんをまわったのですがピンと来るものがなかったのです。沖縄の陽射しみたいにはいかないですが、ずっと美しい花々が中華街長安道を通る人々にエネルギーとやすらぎを与えられたら幸いです。ここに運んで来てくれて、みんなありがとう。偶然にも近くの『くいもBAR ロックウェルズ』のN野君、I藤くんから黄色のハイビスカスと紫のハイビスカスをお祝いにいただきました。あかばな〜も仲間が増えてうれしいそうです。ありがとうございます。
◆足つぼ ニライカナイ◆横浜中華街 石川町駅徒歩5分 10:30〜22:30 (予約可)045-681-2015
2002/04/23(火)      おかげ様で1周年!

ご来店して下さった皆様のおかげで4/25をもちまして、2年目を迎えることになりました。本当にニライカナイを応援して下さった皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。1周年記念パーティー!をオープン当初から頑張ってきたスタッフとやるのが開店当時からの夢でした。そして今夜その夢が実現します。お天気が悪い日に私達が暇だろうからと来て下さるお客様・・・HPをお気に入りに入れて下さっているお客様。私達が知らないお店の方から紹介されたとやってくる観光客の方々・・・こんな風にニライカナイをどなたかに勧めて下さった皆様・・・本当にありがとうございます。スタッフ全員でさらに喜ばれる店作りをするために必要な何かが今夜、我々の心の中に生まれてくると確信しています。そういうことでして、誠に勝手ながら本日は21時閉店とさせていただきます。すみません!(主婦のスタッフは22時半からでは難しいので今夜は特別にお許し下さい。)これからも様々な手技を学び考え、生み出せるよう日々勉強と痛切に感じる今日この頃です。心からリラックスできるお店を作るため日々精進していきたいと思っておりますので、これからも宜しくお願いいたします。  ニライカナイ スタッフ一同
◆足つぼ ニライカナイ◆横浜中華街 石川町駅徒歩5分 10:30〜22:30 (予約可045-681-2015)
2002/04/16(火)     自分が発した言葉の力


心を込めて伝えた言葉、自分が望んで発した言葉、何気なく言った言葉、許せなくて発した言葉、いい人ぶって発してしまった言葉、思い込んで発した言葉、自分のことしか考えないで並べた言葉・・・・いろんなシチュエーションで言葉が様々な結果をもたらします。今こうしてホームページに言葉を並べる時も、こっそり1人で言葉を並べる時も自分が必ず出てしまうと感じます。私達のレベルでその時の結果が変わっているように思いませんか?気のせいだと思った方ホントにそうでしょうか?私達がどんな気持ちでその言葉を発したのか?とても大切ではないでしょうか?なぜなら言葉だけではなく行動も同じと思いますが、その時の心が自分に返ってきます。うれしい結果が返ってくる時もあるでしょう。そうでない時もあるでしょう。ただ、どちらも私達が成長していく中で単に必要な出来事なのでは・・・・自分に返ってくることを知っている人や、周りの人のことも考えてあげれる人は、大事な場面で筋を通してから正直に言うか、自分に嘘を吐かれるのがイヤな人は嘘を吐くこともしないでしょう。
あなたは自分の発した言葉の威力を知っていますか?自分を大切にすることって相手も大切にすることなのかもしれません・・・どこから見られていても誰が見ていなくても、頭の中に並べた言葉さえキレイな人ってすごいですよね。いつも、そうなれたら素晴らしいことですね。

◆足つぼ ニライカナイ◆横浜中華街 石川町駅徒歩5分 10:30〜22:30 予約可045-681-2015
2002/04/10(水)    『ありがとう』&『ごめんなさい』の言葉と想いの力

”足つぼ ニライカナイ”のスタッフは、みんな足つぼをやりたくてスタッフになっているので『こんなのどうですか?とか10本の指でいろいろ新しい手技を考えたりします。でも技術の前に最近、自分を含めて感謝の気持ちと詫びの心を言葉にする姿勢、誠意がどれだけ大切か痛切に感じています。挨拶とか一言って本当に大切と・・・そういうわれわれも視力が悪くて挨拶してなかったり、うっかり言い忘れたりしますし、人見知りタイプや天然タイプとあらゆるスタッフがいますので皆様に失礼があったら本当に申し訳ありません!これって一生、勉強ですね。全ては感謝・・・といっても人間ですから頭に来てしまうことも、残念に思うことも生きていれば、いろいろありますよね。そんな時、この言葉は我々、人間関係の潤滑油になってくれるんです。その言葉を聞くとスゴク気持ち良くなれたり、人を許せたり・・・その言葉を言うと心がスッキリしたり、発した途端に相手とエネルギーが通い合います。心から想いを伝えるとすごい力を秘めた言葉なのです。
◆足つぼ ニライカナイ◆横浜中華街 石川町駅徒歩5分 10:30〜22:30 (予約可)045-681-2015
2002/04/01(月)      『幸せであるように・・・』

今、皆さんは幸せを実感されていますか?幸せって何でしょう?『今、私は幸せです。』とすぐ答えられる方が沢山いらしたならば、私たちも幸せです。ここで言葉に詰まってしまった方、『自分は全然幸せじゃない。』と言い切ってしまう方・・・少し見方を変えてみてはどうでしょう・・・?桜も横浜はそろそろ終わりになってきましたが年に1度しか咲かない花にめぐり合える感動を喜びに変えてみては?とても癒され、優しい気持ちになれるはず・・・

桜の木の下で、余命半年と宣告された母に、ベンチに座ってもらってマッサージと足ツボをのんびりやってきました。乳がんですし、もう、いい年の親ですから、いつまでナンテわからない・・・私も親に心配をかけながら、勝手な事もいっぱいやってきました。いつも私を叱りつつ、あきれつつ、でも見捨てずに、私の可能性を信じて陰ながら応援して協力してくれた母です。その女性から生まれてきて、人生をいろんな角度で経験し学び、感動と幸せを感じるための毎日だと・・・。
桜の木の下で自然のすごさをあらためて実感しました。木々のパワーや風のやさしい音がどれだけ体の邪気を浄化してくれるのか!”ニライカナイ
というぐらいですから中華街より海の近くとか、がじゅまるの樹の下でテントはってやれれば最高だと・・・母と自然の下でこんなに癒されるなんて、私たちの店内で、やっている事がなんてちっぽけな事かも・・・と自然のパワーを思い知らされました。と共に母の体を一緒に浄化して手助けして下さったんだな〜と根岸森林公園の桜さんや風さんに親子ともども感謝でいっぱいでした。すごく幸せな気分になれました。

穏やかな心がすべてです。私達はたくさんの過ちからも多くを学びます。委ねる心も必要です。それで最高の幸せと感じれるかは別ですが
小さな幸せなら、いくつもいくつも気付かないくらい目の前にやって来てくれているのでは・・・それを気付けるかは私達次第なのです。
◆足つぼ ニライカナイ◆横浜中華街 JR石川町駅 10:30〜22:30 予約可045-681-2015
2002/03/01(金)   『背脂』

ただいまam3:10・・・中華街在住のスタッフS井宅に到着。スタッフT原とこんな時間にお邪魔してます。S井の幼少時代の写真から2年前までのプリプリピチピチphotosを見て3人で合計12kgやせることを決意!最近、背脂を感じています。


またまた大好きな沖縄の旅の写真は沖縄の知る人ぞ知る喫茶店・・・とにかく、窓枠が額縁って感じでたまらないんですよね。この店も『やられた!って感じ・・・』今度はニライカナイの仲間とお茶できたらいいなぁ〜と思いました。

◆足つぼ ニライカナイ◆横浜中華街 10:30〜22:30 045-681-2015

2002/02/11(月)〜02/12(火)   『春節』

今年の春節は2月12日。中国は旧暦でお正月を迎えます。日記を担当している私は日本人なのでお隣のお店の人と2月11日の閉店時間に『来年もよろしくお願いします。良いお年を!』ご挨拶をする。日本のお正月は終わっているので、不思議な気持ちですが、自分が中国人になった気分です。関帝廟からのお参りの行列がなんとニライカナイまで・・・すごい人・人・人・・・・長蛇の列がでした。全国から中国の方がやってくるということで山口県からもいらしてましたよ。下の写真がその時の獅子舞です。カッコヨカッタですよ。

   

ちなみに、来年は2月1日が旧正月らしいので皆さんも要チェックです。我々独身スタッフもおもいっきり楽しんでいましたよ。

1年の疲れを足つぼで取って、そのまま関帝廟に新年のお参りっていうのも中華街の楽しみの1つにされてみては・・・


         年始はどこの国も大事にしているのをここにいると感じます。
◆足つぼ ニライカナイ◆ 横浜中華街 石川町駅 10:30〜22:30 (予約可)045-681-2015
2002/02/05(火)〜02/08(金)   『帰ってきたぞ〜!』


ただいまぁ〜!2年半ぶりに沖縄に戻ってきました。やっぱり、沖縄はアッタカカッタデス。今回の目的はお店に魔除けとしてシーサーをずっと置きたかったので、できれば、外観に合う『ニライカナイ』らしいシーサーを探し出すということと、HP用の沖縄写真撮影のためでした。

シーサーは、なかなか気に入ったのが見当たらず、お店の入り口の両サイドに飾りたかったのですが、今回はちょうどいい大きさのに出会えなかったので、あきらめました。その代わり伊佐の交差点のかわいい『家具家』という家具屋さんで見つけたシーサーがかつて見たことがないキュートなものだったので大きいのに出合うまでは出窓に飾ることにしました。スッタフには、かなり評判がいいですよ。海から流れてきたガラスや貝をモチーフに使っているのが何ともいいです。シーサーを作ってきて!というスッタフの声もあるので、どうしてもなければ、そんなことまでやってしまうのでしょうか?
2009/01/27(火)     『追加コメント』
 
今はシーサーの数も増え、『うれシーサー』や『トビウオみたいなシーサー』と仲間が増えています。
お店でチェックしてみてください。しし座の私としてはなんか親しみを感じています。

2010/08/28(土)  『シーサー最新情報』
現在、『家具屋』というお店は58号線沿いになくなってしまいました。このシーサーの作者に、去年、偶然出会えました。斎場御嶽(セーファウタキ)の手前にお店をOPENさせていて、ご本人にお会いできて嬉しかったです。