ニライカナイのこだわり
きっかけは足ツボからという方が多いです。
男性にも人気の頭・顔のコースやハンドコース、お2階でBODYのコース、
アロマや全体ほぐし(
天然塩の温熱ハーブパッド付きが人気です。
フットバスに頼らずに手技による施術だけで血液の流れを活発にしていきます。足湯がない方が足からの全身の状態が読み取りできます。オススメは、基本コース(ヒザまでの45分コース)終了後、全身の血液循環が高まり、足が軽く、むくみが解消されます。お肌のくすみも取れてゆきます。
東洋式。主に中国・台湾式にオリジナルを加え、ニライカナイ式に・・・技はワンパターンにならないように、長いコースになるとあらゆる角度から、手技もさまざま味わえます。マンネリにならないように手技はオリジナルの開発に努めています。学校によっても教え方はいろいろですが、ニライカナイの基本は一般的に足つぼといわれる反射区だけでなく、『あ~、この辺りもやってほしいのに・・・』という気持ちを大切に、広範囲に渡って老廃物を中心に丁寧に。・・・手技にストーリーを創りイメージで「こうやったらもっと流れが良くなり、老廃物が体外に出て行ってくれるのでは・・・」と、やっていきます。イメージしたことは実現するのです。さらに新しい手技の開発、改良は重要だと考えています。
未来を見ていると自然に進んでいくことになるのです。
●店作りについて
●コースについて
●スタッフ募集という形から、未来に繋げるセラピスト自営支援へ
●誰かのために・・・
●手技について
今も東北のボランティアを続けています。足つぼや全身ほぐし、ヒーリング、心のケアetcを、様々な作業の合間に行っています。
岩手と秋田のチーム、k'azeの会にお世話になっています。広範囲にはできていませんが、地味に活動しています。
よろしければ、木曜の夜から出発して、岩手の釜石や陸前高田~福島に1~2日行っていますので参加されたい方は、我々と一緒に行きませんか?
●商品について
何かを目指している人に必要な場でありたいと思っています。想ったこと、言葉にしたこと、書いたことが実現していく・・・
『夢は叶う』、ミライカナウ・・・これがニライカナイの音の語源のように感じます。それには、今をどう生きるかが大事なように思えます。今・・・この連続しかないように・・・昔は目指していましたが、今は瞬間を感じて動いています。

『あなたがムー大陸の時代に沖縄で生きていた頃、成し得なかった理想郷をこの店でやるために、ニライカナイという名前にしたのよ。』と言われたことがありますが、簡単でないから学ぶべきことがあるんでしょうね。私は社長とか似合わないので、最近は空間と施術作り、企画提供者と割り切っています。

夢に向かいながら、施術者として、あらゆる角度から強くなること。人を癒す前に、自分が癒され、自分を捨てれる強さを持っている人は、この世界で生きていけるような気がします。
夢はもうここにあると・・・そう決断したら行動と共に、導かれるような大きな流れが起きていきます。
●夢を叶えるために・・
ご縁のあった物、何かの流れで当店にやって来た物、心を込めて創られた物…。波動の高いもの、我々が愛用している物、つい伝えたくなる物、感動した物を扱っています。
人気の商品は、エドガー・ケイシーのひまし油、オーラグロウとエジプシャンオイル、コーヒー浣腸のセット。食べても安心なリップ・口紅、オラクルカード、ルームスプレー等。そしてお塩(久高島の塩、キパワーソルト、皇帝塩)。屋久杉香。スタッフに実体験を聞いてください。
オススメ本は、子宮頸癌を2度自然治癒されたこじまもとこサンの『がん その自然治癒の軌跡』と、施術者のためになる、マンガで解るシリーズ堀内歯科クリニック院長 堀内信隆先生の『だるまんの陰陽五行』です。
以前は、求人サイト リジョブや、DOMO、タウンワークetc求人誌に載せていました。ニライカナイはOPENから13年経った2014年からは、自営として意識を持っていきたい方のみ募集しています。レンタルスペースというスタイルとはちょっと違いますが、ご自宅やサロンなどがないけれど、独立したい!でもまだお客様が毎日は集客できない方など、サポートしていこうと体制を変えました。
横浜元町、汐汲坂にありますセルフヒーリングスタジオ TINGARAのグループワークやガン自然治癒サポート、『観る薬』のDVD、YOUTUBE制作のお考えに賛同してくださり、同じ想いの方にニライカナイのお客様を施術していただくのがベストと考えています。中華街のニライカナイ2階は、セルフヒーリングサロン 天河原での自然療法によるお身体の浄化のコースと、心のセラピーをご協力いただける方に参加していただければ幸いです。勉強会や研修も積極的に参加し、自己と向き合って頂けると、深い学びを獲得できることでしょう。

最初のお店は、外観もほとんど廃材で、英国式リフレのようなエレガントな感じからはかけ離れた空間でしたが、『入りやすい。』とよく言われていました。きれいなお店でも、初めて入るのには勇気がいるという人にも、「おもろしろそう!」とか、「何の店?」とついのぞいてしまうお店にしたかったです。初めていらしたお客様には、『小屋みたいね。』とよく言われました(笑)。あとは、スタッフの仲の良さが店の空気をつくり出します。
2009年の春に泥棒に入られてしまってから、どこからも見えて、安心な場所を探していたら、すぐ斜め前の五差路に(中国茶屋 緑菀さんが近所に移られ)空いてる物件がありました。
私達には2階建てでかなり大きかったのですが、最初のお店は立ち退きの話が契約の時点からあったので、開業から7年、そろそろ離れる時期と判断し半年かけてスタッフ全員で体に安心な素材をできるだけ使い、内装を作りました。
なるべく、前のお店と沖縄の北谷にあったお店アガリイリの、3年ほど捨てずにとってあった思い出の、手作りの引き戸や窓、ランプ等を工夫して使いました。手作りは、温かさが生まれます。